rlmdi.
| ペリー・ローダン |

Kytoma

運命に翻弄される、仮面の男。
かれが出会った、盲目の少女。
まぼろしは男に大宇宙の神秘を解き明かした――。
少女は宇宙を統べる〈システム〉への道標。彼女の名は――KYTOMA


Kytoma - Das Geistermädchen / キトマ

――または、仮面男VS幽霊少女

2003/8/15 r.psytoh / 西塔玲二
- 監修 / y.wakabayashi

from PERRY RHODAN-Hefts
AD3400-NGZ1291年 / 銀河系、そして、アラスカがおもむく幾多の地で


Alaska プロローグ ジェヴォニアの少女

Das Mädchen von Gevonia

 西暦3433年もまもなく暮れようとするころ、アラスカ・シェーデレーアは銀河系中枢部、ラストマン凝集星団の惑星ジェヴォニアで、人通りのない街路を進んでいた。
 惑星ジェヴォニアは、スーパーミュータント、リバルド・コレッロの本拠世界。
 シェーデレーアは、アトランが指揮する太陽系帝国のコレッロ捕獲コマンドの一員として、惑星ジェヴォニアに潜入した。当時、皮肉なことに、太陽系帝国に仇なすコレッロこそ、カピンの〈太陽の死の衛星〉からソル系を救う唯一の切り札だったのだ。
 その惑星ジェヴォニアの首都タプーラで、シェーデレーアは運命と出会う――

 どこかでだれかが口笛を吹きはじめた。訴えるような響きが、家並みのあいだにこだまする。アトランは、こんな旋律を耳にしたことがなかった。美しくも、深い哀しみをあらわしている。
「わかるか、どこから聞こえてくるか?」
「あそこ、かと」
 広場の中央に柱が立っていた。芸術家が一塊の素材から彫り出した、からみあういくつかの姿をかたどったもの。遠目には、陽光のなかで回転しているかのようだ。広場の地面にはクリスタルのプレートが敷きつめられ、アトランに陽を浴びる湖を連想させた。
「だれも見えませんね」不快感をつのらせながら、シェーデレーアが言う。
「ここから広場全体を見わたせるわけではないからな」アトランがこたえる。
 口笛は一瞬とぎれ、それから、またはじまった。こんどはちがう方向から聞こえるように、アトランには思えた。
 道のとぎれるところまで行きつく。そこで、ようやく、ひとりの少女が目にはいる。ちいさく、やせていた。家の外壁に背をもたせかけ、柱のほうを眺めていた。
「女の子です!」驚いたようにシェーデレーアが言った。
 本来、安堵すべきところだが、少女の様子は、死の危険をいっそうまざまざと感じさせた。

 少女の目は、ものを見ていなかった。
 奇妙な雰囲気に、つつまれていた。
 スーパーミュータント、リバルド・コレッロの強大な超能力も、少女の精神を縛ることができずにいるのだ。
 シェーデレーアは名をたずねた。
 少女はこたえる――キトマ。
 かれは、キトマに強く惹かれていた。少女が小さな身体の中に自分と同じものをかかえていることを、直感が教えていた。
 少女はここにとどまるという。広場の中央に立つ柱(オベリスク)――陽光のもとでも影を落とさない――を護ることが、自分の義務だというように。

「また会いましょう、アラスカ・シェーデレーア。わたしには、わかる。いつか、どこかで。そのときは、おともだちみたいにお話するの。あなたといっしょにいられる」
 シェーデレーアは、自分が砕け散るのを感じた。かれを惹きつける少女の力は、まさに圧倒的。自分の鏡のようだった。
 いつか……。
「本当、キトマ?」
「わたしには、はっきり見えるの。宇宙は測りしれないほど大きいけれど、交点というものがあって、だれもそこで立ちどまらずにはいられない」
「きみのいうこと、ぼくにはわからない」転送障害者は悲しげにこたえた。
―― Perry Rhodan-Heft 433 “Die Stadt der tausend Fallen”


Alaska Ⅰ くりかえし、かれらは出会う

Sie begegnen sich immer wieder

第1章 柱

 35世紀――ペリー・ローダンが創設したテラナーの星間国家、太陽系帝国はすでに求心力を失っていた。銀河系ウェストサイド一円には人類各派が割拠、アルコン人の大帝国の残滓をスプリンガー、アコン人、アンティたちが奪いあう情勢がつづいている。
 アラスカ・シェーデレーアは、この世紀と前世紀がまじわる、西暦3400年に生まれた。身長は2メートル、痩身のテラナー。
 3428年、シェーデレーアは、旅行中、事故にあった。
 転送機のアーチを抜け、非実体化して、目的地の転送機へ送信される。その途中、超空間でペドトランスファー中のカピンと衝突したのだ。
 NGC4594銀河の種族カピンは、ペドトランスファー――6次元を経由し、あるポイントからポイントに一瞬で転移する――能力をもつ。
 到着地の転送機で再実体化したシェーデレーアの顔面には、未知の生体組織が融合していた。それは、カピンがペドトランスファー中に変じるエネルギー集積の一部。そして、顔面で極彩色に光り輝き、うごめくカピン片は、見る者すべてに狂気と死をもたらした。
 その日から、シェーデレーアの人生はかわった。誰とも素顔でむきあうことはできない。新しい顔をプラスティックの仮面に隠し、孤独な人生を生きていくことになる。
 やがて、カピンの一派が銀河系を脅かしたとき、仮面の男は、顔面の共生体を武器に、人類を守る戦いの最前線におもむく。皮肉にも、憎むべきカピン片が、かれに生きる意義をあたえたのだ。

 3441年、銀河系に人工星団〈大群〉が飛来する。
 〈大群〉は、銀河系全域で知性体の知能を低下させた。進路に位置する無抵抗の星系を吸収し、搾取し、あるいは、破滅に導く。
 だが、わずかに知能低下効果に免疫をもつ者たちがいた。
 ミュータントと細胞活性装置携行者、精神安定化手術をうけた太陽系帝国要人とUSOスペシャリスト。さまざまな事情で、偶然に免疫を獲得した者たちもいた。
 シェーデレーアも、知能低下を免れたひとりだった。カピン片との共生が、ここでもプラスの副次効果をもたらしたのだ。
 シェーデレーアは人類の先鋒隊の一員として〈大群〉に突入。テラナーの巨艦《マルコ・ポーロ》が、それに合流した。
 対する〈大群〉の支配者〈黄色い偽神〉たちは、侵入者の排除を決意する。《マルコ・ポーロ》艦内に転送機で送りこまれる兵士種族ラクーン。だが、テラナーは、多くの犠牲をはらいながらも、この戦いに勝利した。
 《マルコ・ポーロ》艦内のラクーンたちが、〈黄色い偽神〉が投影する転送フィールドの中に、姿を消していく。
 そのとき、《マルコ・ポーロ》艦上のシェーデレーアに、異変がおこった。
 顔面のカピン片が、同じ6次元性の転送フィールドに共鳴。シェーデレーアは、意図せずして、〈大群〉の罠惑星IIに転送されたのだ。
 ゲプラIIを支配する〈黄色い偽神〉は、〈聖なる悪魔〉クリト・イトリモナ。
 クリト・イトリモナの趣味は、〈ゲーム〉。
 選ばれた対戦者は、自由を賭け、〈聖なる悪魔〉と、1対1の決闘に臨む。だが、〈黄色い偽神〉自身が創造する闘技場世界で、対戦者に勝ち目のあろうはずもない。かれらはただ、もがき、死んでいくのだ。
 シェーデレーアは、骨男コナスコ・シを旅の道連れに、クリト・イトリモナが待つ北極大陸ニムコをめざす。
 捕らえられ、連行されたのは、〈聖なる悪魔〉クリト・イトリモナの居城。シェーデレーアと骨男コナスコ・シがとじこめられていたコンテナの扉がひらく――

 部屋の中央に柱が立っていた。はじめて目にするものではない。記憶があふれる。
 アラスカは、この柱をすでに一度、ジェヴォニアで見ていた。
 アラスカは立ち上がり、大股にコンテナから歩み出た。コナスコ・シもようやく起きなおり、とまどうように目をこすった。
 柱には影がなかった。
 宇宙規模のつながりを知ることになるのだ、という予感がアラスカの深奥にふれ、身体をふるわせた。偶然のはずがない。この柱がここ、〈大群〉のただなかにあることは。
 そうして、かれの中ですべてがつながった。頭がはじけとぶかと思われた。柱の背後から、痩身で盲目の少女が歩み出る。蒼ざめた顔は黒髪でふちどられて――キトマ!

 奥深いところで、この出会いを予感していた。キトマがそう予言したのだ。コンテナから少女を見おろすと、その死せる双眸にもかかわらず、彼女がこちらに気づいたことがわかった。誰なのかも、わかるらしい。
「キトマ!」と、どもりがちな自分の声が聞こえる。「どうして、ここへ?」
 少女の腕がうちふられる翼のように動いて、柱を指ししめした。
「あれを〈大群〉に、あるべき場所にもどしにきたの」
 つながりは予感できたが、まったく理解できなかった。わかったのは、少女が柱をここに移動することができたという、確固たる事実だけ。
「それで、いまは?」乾いたくちびるから、そう囁いた。「いまは、何を?」
「クリト・イトリモナにつかまってしまったの」少女がこたえる。「〈ゲーム〉はわたしの勝ちだから、殺せない。柱も壊せない。それで、この部屋へ閉じこめたのだけど、扱いはひどくないわ。もうしばらく待たないといけない」
「待つ? 何を?」
「〈大群〉は、昔の機能をなくしたの」と、少女は嘆くように、「悪い力に支配されてる。けど、昔はなにもかも、ちがってたの」
 彼女はまるで、昔(というのが、いつであれ)、その場にいたかのように語った。まるで〈大群〉の秘密すべてを知悉しているように。
 コンテナから下りて、ゆっくりと少女に近寄った。
「説明してくれ、すべて!」
「あなたは理解できないか、信じられない」悲しそうに少女は言った。「でも、道は、もう決まってるみたい。わたしたち、なんども、くりかえし会うの。あなたの種族は、特別な役割をになってる。わたしにとっても、大きな希望」
 自分が唾を呑む音が聞こえる。彼女の言葉は、何を意味する?
 突然に床から壁が滑り出て、少女とのあいだをひきさいた。体当たりするが、壁は合金製。よじのぼろうにも、そうする前に手の届かぬ高さになってしまった。
 もう一度だけ、少女の声が聞こえた。
「あれは、あなたと〈ゲーム〉するつもり。あなたは勝てる。その力があるから。でも、それは大きな犠牲を強いるでしょう」
 最後には、声がほとんど聞きとれなかった。音もなく隔壁が天井に達する。もう少女も柱も見えない。ともに、むこうの部屋にある。

 シェーデレーアは、〈黄色い偽神〉クリト・イトリモナと対決する。
 シェーデレーアの記憶を読み、その素性を知ったクリト・イトリモナは、〈ゲーム〉を中断。強大な精神力で、転送フィールドを展開し、敵を超空間に放逐しようとする。
 だが、顔面のカピン片が、ふたたび、6次元性のフィールドに共鳴した。
 極彩色に輝く異形の組織体は、〈黄色い偽神〉の顔面に転移。クリト・イトリモナは絶叫した。
 苦悶する〈黄色い偽神〉をみつめながら、シェーデレーアもまた苦悶する。
 いまなら、短針銃の一撃でクリト・イトリモナを倒せる。
 だが、その瞬間、カピン片はふたたび自分の顔に戻り、ふたたび、自分は顔をなくす。仮面の男にもどるのだ……。

 かけつけた《マルコ・ポーロ》は、仮面の男を救出する。
 仮面の裏では、極彩色の組織体が、わけしり顔でうごめいていた。
―― Perry Rhodan-Heft 545 “Der Maskenträger”


第2章 都市

 太古、サイノス種族と〈大群〉は、宇宙に知性を播種することを使命としていた。
 だが、100万年の昔、〈大群〉が銀河系に飛来したとき、補助種族〈黄色い偽神〉が蜂起。サイノスは、〈大群〉を追われた。
 姿形を意のままに変容させるサイノスは、銀河系諸種族に擬態し、その歴史を操作してきた。人は、サイノスの遺骸が奇怪な柱(オベリスク)に変貌するのを見て、はじめて、異形の存在の素性を悟るのだ。
 テラナーに擬態したサイノス、シュミットは、テラナーとともに〈大群〉に潜入。〈大群〉に隠された超兵器〈殲滅スーツ〉の力を借り、非常機構を発動させた。
 シュミットに同行した仮面の男は、〈黄色い偽神〉壊滅とサイノス復権の瞬間に立ち会う。消耗したシュミットは、シェーデレーアに〈殲滅スーツ〉を託し、〈大群〉制御惑星に立つ1本の柱に変じた。
 3443年、サイノスと〈大群〉は旅立っていった。ふたたび、知性播種の使命をはたすために。

 3444年、シェーデレーアは、銀河系北縁の惑星アスポルクへと〈苦悶の声〉調査におもむく巡洋艦《ティモール》に乗船する。
 調査行の結果は、惨憺たるもの。《ティモール》は、ほうほうの体で、地球に帰還する。
 テラニア宇宙港に着陸した《ティモール》で、他の乗員同様に疲労困憊のシェーデレーアは、休息のため、自分のキャビンにむかう。
 ドアをあけると、キトマが立っていた――

 長い黒髪の、やせこけた少女は、アラスカに微笑みかけた。
「おともだち、こわがらないで。お化けじゃないのだから。入って、見られないように、ドアを閉めて」
 アラスカは、胃がもつれるような感覚をおぼえた。血管で、血が凍りついた。過去、謎に満ちた状況で幾度か遭遇したキトマのことを、かれはあらかた忘れかけていた。その彼女がふいにまたあらわれ、前に立っていることが、理解できない。
 キトマが横を通りすぎて、ドアへと歩んだ。そのとき、彼女がかれに触れ、現実に存在することをしめした。
 少女の大きな目は、かれの奥底まで見透かすかのようだった。
「これから、ずっと、あなたといっしょにいようと、やってきたの。簡単には決められなかった。同胞さがしをあきらめたのだもの。次元をぬける孤独な捜索に耐えられなくって。たしかな交点が必要だったの」
 アラスカにしてみれば、幻想的な夢をみているような感じだった。彼女の言葉の意味が理解できない。そもそも、彼女の存在自体、いまこの艦にいる事実が、完全に理性に反する。
「いっしょにこの船を出て。新しい故郷をさがすのを、助けて」
「きみは、何者なんだ?」憑かれたように、たずねる。「どこから、来たんだ?」
 少女の顔が、悲しげな微笑みにゆがむ。
「あなたなら、わたしのこと、わかってくれると思ったのに」
「きみは幻覚だと思う。カピン片に影響された潜在意識の産物だ」

 その時、ドアが開いた。
 シェーデレーアをたずねてきたチルキオ・ラケルス大尉は、即座にキトマに捕らえられ、停滞場に封じられた。
 キトマは、ふたたび、シェーデレーアに微笑みを向ける。
 幻覚ではなかった。

 アラスカは、かぼそい少女を凝視した。下唇を強く噛んだが、キトマは消えない。依然として、存在していた。
 アラスカが視線を落とすと、キトマの汚れた裸足が目にはいった。彼女は、はじめて会ったときと同じ、モノトーンの衣服だけを身にまとっていた。
 少女も、かれの視線に気づいたようだ。
「きみは、人の子供みたいだ」と、かれは言った。「でも、人類の種族ではない」
「いっしょに来てくれる? わたし、新しい故郷をさがすの」
 自分の奥深いところで、アラスカは彼女の孤独を感じたように思った。しかし、感じたものを理解するには、彼女はあまりに異質すぎた。
 かぶりをふった。
「どこへ、ついてこいと? きみの故郷は、どこ?」
「わたしが何者か、教えてあげる。そしたら、あなたの考えも変わるかも」
 かれは、少女をみつめ、待った。
「わたし、〈大群〉建造種族のひとりなの」

 ラケルス大尉を、連れていくつもりはなかった。
 だが、アンティの血をひく大尉の精神は、催眠暗示に抵抗する。キトマは、やむなく、ラケルス大尉をつれて、跳んだ。
 艦殻と大気圏をつきぬけ、3人は宇宙空間を飛翔する。地球も太陽も、瞬時に小さな瞬きにかわった。
 想像を絶する速度で、3人は疾駆する。
 星と星の間の真空……そこにみなぎるのは、シェーデレーアも知らなかった力。星々や生命をはぐくむ宇宙の力が、3人を乗せて流れていく。
 眼の前に、ひとつの惑星が近づく。
 気がついたとき、仮面の男は雨に濡れた草地に横たわっていた。

「どうやって、ぼくらはここへ?」
 少女がかれを見た。濡れた髪がぴったりとはりついている。やせた顔の線は、彫刻のようだ。その双眸がなければ、死人の顔のようにみえたかもしれない。しばしばアラスカには、少女のなかでその瞳だけが生きているように思われた――今回は、特にその印象が強かった。
「宇宙は死んでいないし、からっぽでもない」少女は小さな声で、「銀河のあいだに、ものすごい力がある。エネルギー線が、星から星に、銀河から銀河に走ってる。宇宙嵐が銀河のあいだで吹きあれる。とまらない生成と消滅。はなたれる力がわかる人なら、利用できる。わたしたち、〈絶対移動〉の秘密をマスターしてるの。だから、宇宙中の全部のエネルギーの移動過程を応用できる。その時、ある程度なら、それに適していないものも運べるの」

 緑あふれる惑星だった。
 シェーデレーアとラケルス大尉は、キトマの案内で、森をぬけ、渓谷にたどりつく。
 キトマの種族が〈都市〉を築いた渓谷は、純白のなにかに〈封印〉されていた。
 三人は、さらに歩をすすめる。
 森のただなか、断崖にかこまれて、湖があった。
 絶壁を見下ろしたシェーデレーアは、陽光も風もとどかない湖面が、さざなみに揺れてきらめくのをみた。大勢が小声で歌うようなささやきが、耳を打つ。
 〈喋る湖〉タルサモンの歌声は、あたりが夕闇にとざされるまでつづいた。

「昔、わたしの種族の人たちは、疲れを感じるとここを訪れたの」キトマが説明した。「湖の底までもぐって沐浴して。その時代、〈憩いのくぼみ〉ができたの。ひとつづつ、使う人の個性の刻印を、いまも、保っているの」
「きみの種族のことを、もっと話してくれ」アラスカは頼んだ。
「わたしの〈種族たち〉のことを話さないといけないわ」と、キトマが訂正した。「だって、〈大群〉の建造者は、高い発展をとげた36種族の連合から生まれたのだもの。36種族は、宇宙全体に知性をはこぶのを自分たちの使命にしたの。だから、〈大群〉を建造して旅へと送り出した。そうすることで、もっとたくさんの種族が連合に加わるのを期待して。ほんとうの目標は、宇宙のすべての生命をひとつにすること」
「クレイジーなアイディアだ!」ラケルスが叫んだ。
「もし、それぞれ種族のあいだに本物の精神の結びつきができれば、全部の人たちをそこに招きたいって望みが生まれるの」少女が説明する。「だけど、わたしの種族たちはまもなく、目的が実現できないのに気がついた。それで、サイノスが使命をはたせるのか、観察させようと、わたしだけ残したの」
 ラケルスが眉間にしわを寄せて、
「それほどの知性体の動機を、いつかわれわれ、理解できるでしょうか?」
 アラスカはかぶりをふった。
 〈大群〉を建造したものたちは、精神の発展過程において、テラナーに数千年先んじている。
「わたしの種族は、別なところで夢を実現しようと、行ってしまったの」と、キトマはつづけた。「もうわたしにはたどりつけない、ずっと遠くに」

 キトマは、太古の同胞を想って湖に潜り、湖底に〈都市〉の鍵をみつけた。
 そして、キトマは〈都市〉の封印を解く。

 かれらが見たものに対して、〈都市〉という呼称は、他のどんな概念とも同様に不釣合いだった。谷間は、多種多様な形と大きさの透明な物体に埋もれていた。物体のあいだは、角柱状、あるいは、円柱状の接合材で連結されている。一瞥しただけでは、何者かが雑多な物体を気ままに積みかさねたようだったが、時間をかけて観察した結果、アラスカ・シェーデレーアは谷にあるものがすべて一体であることを確認した。信じがたい手間をかけて、ひとつの透明な塊からすべての凹部を切りとったようだ。〈都市〉は、これまでアラスカが見た中で、もっとも均整のとれた建築物だった。この施設の建設者は、調和に対する比類ない感性を有していたのだろう。

 キトマはひとり〈都市〉に消え、かなりの時間がたった。
 シェーデレーアとラケルスの意見は分かれる。
 シェーデレーアは、キトマを信じていた。
 一方、ラケルスは、地球へもどることしか望んでいなかった。そもそも、拉致された身なのだ。
 この場を動くな、と言いおいて、仮面の男は〈都市〉へと踏みこむ。
 ほどなく、ある建物の前にたたずむキトマをみつけ、シェーデレーアは、ともに〈都市〉の中心にむかう。
 だが、テラナーは、心中、落着かないものを感じていた。
 調和あふれる〈都市〉。だが、住むものがない〈都市〉。
 あるべき完璧な調和が、住人を欠いたことで、損なわれている。
 キトマは、〈都市〉には心がある、と語り、シェーデレーアは、〈都市〉の視線を強く意識した。
 やがて、不安は恐怖にかわった。

 この部屋、あるいは何であれ、それは、アラスカを記録している。テラナーは、観察されているのを感じた。呼吸、心臓の鼓動さえもが、記録されているようだ。この〈建物〉にはいってからこのかた、〈都市〉とかれのあいだに密な結びつきが生まれていた。
 かれの最も奥にあるものが〈都市〉の前にさらされ、制御される。
 意識するあまり、どっと汗がふき出してきた。むきだしの恐怖を感じた。解剖台にのぼった知的存在は、こんなふうに感じるにちがいない。
 まるで、幾千もの冷酷な目にみつめられているようだ。
〈こんなこと、耐えられない!〉
 姿なき装置の視線の下で、かれは身をすくめた。
 この異常な状況のうちにも、あたりは完全な静寂が支配していた。
「やめろ!」アラスカは発作的に叫んだ。「ほうっておいてくれ! こんな呪われた都市にはいたくない! おれが気にくわないなら、ここから出してくれ!」
 叫んでいるのに、自分の声がかすかにしか聞こえない。天井に生じたミルク色の物質に、声の響きが吸いこまれていくようだった。
 アラスカは身震いした。
「やられっぱなしじゃない!」と叫んだ。「おまえたちが思っているほど、無防備じゃない!」
 両手がびくりと上にあがる。仮面をつかんだ。あわただしく、耳にかけた留め具をむしりとった。
「そら!」と、咳きこむように、「これがおれの武器だ!」
 転送障害者は、カピン片の輝きが見えないことに驚く。
 両手で顔をさぐり、ぶよぶよした組織塊を感じる。だが、他の時そうあるような、ぴくぴくする反応はかえってこない。まるでカピン片のエネルギーが尽きたかのように。完全に死んでしまったかのように。

 招かれざる客、シェーデレーアは〈都市〉の中心に達した。
 そこは、想像を絶する空間。
 その場所に、キトマの種族は3つの存在平面の扉を開いていた。複数の存在平面が重なり合い、しかし、たがいに異なったまま、そこにある。

「あらゆる惑星にかけて!」アラスカは叫んだ。「こんな場所にはいられない!」
 かれは慎重にふりむいたが、背中にあるはずの灰色の壁は消えうせていた。アラスカの背後にあるのは、周囲とまったく変わらない風景。
 アラスカは両目をとじ、腕をつきだした。だが、一歩を踏み出すふんぎりがつかない。心では、ほんの数メートルで壁にあたると信じているのに。
「キトマ!」絶望の果てに、叫んだ。「キトマ! 戻ってきてくれ! ここから出してくれ!」
 だが、返答はなかった。
 目をこじあけても、少女の姿は見えなかった。見えないほど遠くへ行ってしまったのか?
 〈都市〉が、声なき嘲笑をもらしたようだった。かれは〈都市〉を感じた。相手がかれを拒んでいることも。キトマがそばにいたから、この謎に満ちた建造物は、かれを容認していたのだ。〈大群〉建造種族の成員たちが幾千年も前に暮らしていた〈都市〉は。
 ラケルスといっしょに残っていれば!
 〈都市〉が、かれを攻撃しているのだ。さほど遠くないところに、キトマがいるというのに。だが、はなたれた感情だけで、かれを破滅させるのに充分なほどだ。〈都市〉は本来の防衛手段を用いることなく、かれを抹殺しようとしている。アラスカが発狂して自殺すれば、〈都市〉はキトマに対してアリバイを主張できるのだ。
 アラスカはぎょっとした。〈都市〉がかれに植えつけようとした考えが、まさにそれだったことに、気づいたのだ。
 かれは周囲に集中し、無理に別のことを考えようとした。だが、〈都市〉の気をそらすことはできない。相手は、かれを内側から制御できるのだ。どんな考えも隠すことはできない。〈都市〉にとり、アラスカ・シェーデレーアは抹殺すべき危険な異分子なのだ。
「ばかな!」アラスカは叫んだ。「なにもかも、おれの勝手な思いこみだ!」
 自分の声の鈍い響きが、かれをわれに返らせた。

 かろうじて正気をとりもどした仮面の男の前に、キトマがもどってきた。
 少女に大きな変化が生じていた――シェーデレーアは、たちどころに気づいた。

「種族が、伝言を残しておいてくれたの」少女はほとんど聞きとれないくらいの声で、「いま、わたし、どこでかれらに会えるか、知ってる」
「それは、きみが、また、この〈都市〉を離れるってこと?この惑星からも?」
 彼女はうなずいた。
「種族のいる場所へ、あなたは来られない。そんな旅、生きのびられないから」彼女はためらった。アラスカは、彼女が言おうとしていることを、予期していた。「あなた、もうひとりの人といっしょに、この世界にとどまれるけど」
「わかるだろう、そんなわけにいかないんだ。ラケルスもぼくも、この惑星で生きることはできない。ここは、きみの種族が足跡を残したこの場所は、ぼくらにはあまりに異質すぎる」
「連れてはいけないの」と、彼女は哀しげにいった。
「別の手もあるだろう」アラスカはいった。「ラケルスとぼくを地球に戻せばいい」
 そののち、沈黙が訪れた。アラスカは、はかりしれない存在の内に去来するものを推しはかろうとした。いま、種族の居場所の手がかりを見つけたからには、キトマは明らかに一秒たりと無駄にしたくないだろう。長い間ひきはなされていた同胞のもとへもどることを、切望しているはずだ。
「それが、きみの義務だ」アラスカは語をついだ。「きみが、ぼくらをここに連れてきた。孤独を厭うあまり。いま、ぼくらふたりだけ、ここへ残していくなんて、だめだ。道徳にもとる」
「あなたが正しいわ」考えに沈むように、キトマがこたえる。「あふれそうな歓びに、まちがいを犯すところだったわ。たしかに、あなたたちを連れてかえる手はある」
 転送障害者には、彼女の言葉が信頼できるとわかっていた。
「きみがみつけた手がかりは、どんなものだったの?」と、アラスカは訊いてみた。「かれら、伝言を残していたのかい?」
 彼女は背後のどこかにあるらしい、ぼやけた建造物を指さして、
「あそこに〈都市〉の魂が顕在化するの。そこで、わたしは、必要な示唆をみつけたの」
「では、きみの種族は、いまどこに?」
「宇宙の向こう側」というのが、こたえだった。「もうひとつハードルを越えて、想像もつかない物事と格闘しているみたい。わたしたちが他の人たちに知性を運んだ時代は、終わり。だれか別の存在が、わたしたちのいた場所を埋めるの。わたしたち、絶対移動のポイントに近づきつつあるのよ」
 ふいにアラスカは、鈍い痛みを感じた。それは、キトマとともにその種族のもとへいくことができないという、自分の無能への悲しみが招いたもの。人間はまだ、そんな旅ができるほど、成熟してはいないのだ。
「いつの日か、あなたの種族はわたしたちの足跡をたどる」慰めるようにキトマがいった。
「それには、あとどれだけの時間が必要だろう?」苦々しく、かれは問い返した。「その時がきたとき、もうぼくの種族は滅び去っているかも」
「だれも、人類を滅ぼすことはできないわ。自分でそうしないかぎり。言ったとおり。いつの日か、あなたの種族はわたしたちの足跡をたどる」
「そのとき、ぼくはもう生きてはいない」
「それは真実だけれど、無意味でもある。だって、どんな存在も、その種族の中で生きつづけるんだから」
「外へ連れていってくれ!」アラスカは頼んだ。「きみとぼくのあいだには、幾千年もの隔たりがある」
 ふだんは蒼ざめていた少女の顔が、興奮のため赤らんでいた。双眸がきらめいた。彼女は手をのばして、アラスカの腕にふれた。
「わたしは長い間、あなたとおなじ道を歩んできたの、おともだち。でも、いったん旅に出れば、わたしたちは永遠にお別れ。あなたが危険な目にあっても、わたしはもうそばにいられない」
 かれは、かぶりをふった。
「ぼくにとって、きみはずっとただの夢だった、キトマ。これからもそうだろう」

 ふたりが〈都市〉からもどったとき、チルキオ・ラケルス大尉の姿はなかった。夜明けを待って捜しても、見つからなかった。
 ラケルスは、ひとり〈都市〉に分け入り、拒まれ、重なり合う存在平面のひとつへと転落した……それが、キトマが出した結論だった。
 キトマの言葉に反駁しようとするシェーデレーア。
 が、ふいに身動きができなくなった。
 プラスティックの仮面を、少女がじっとみつめていた。
 キトマが、身体の自由を縛っているのだ。

「ごめんね」と、少女は哀しげに、「でも、他にどうしようもないの」
「なにをする?」言葉をつむぐのが難しい。肉体をしばる麻痺が、脳にも覆いかぶさる。目に映るあたりの光景がぼやける。
 キトマは、いま、目と鼻の先。
「もう二度と会うことはないでしょう、おともだち」
 この瞬間、アラスカには何もかもが、どうでもよかった。この無慈悲な精神の束縛から解放されることしか、望んでいなかった。
 眼前の暗い世界が溶けはじめた。奇妙な無重力の感覚。それから、足元をさらい、宇宙空間へと連れ去る嵐にまきこまれた。
 帰還の旅がはじまった。
―― Perry Rhodan-Heft 576 “Ein Mutant verschwindet”

 太古、宇宙に知性を広め、すべての知性種族とひとつになることを夢みた種族たち。〈大群〉を建造し、いまはまた、別の場所で、新しい使命のため尽力する超種族……だが、シェーデレーアにとって、重要なのは、そんなことではなかった。
 キトマは、もういない。
 キトマは、同胞のもとに行ってしまった。
 シェーデレーアは、同胞のなかにいて、なお、ひとりだった。


「たとえば」
「首都テラニアの路地裏の、隠れ家みたいな赤提灯」
「訪れる政府要人たち……の会話」
「――2度かさなった、偶然の出会い?」
「――でも、あれって……」
「――そりゃもう、トレンディに恋でしょ」
「――炉」
「――だよね~」
「――愛の逃避行の途中で、バイバイされたって?」
「――金まきあげられてないから、まあ、いいけど」
「――だまされとる臭いが、プンプンではないかね」
「――あのー、〈炉〉って、なんなんです?」
「――ま、アラスカとて、バカではなかろう……」
「――でも、ないみたいですよ、父上」


インターミッション

いつの日か、あなたの種族はわたしたちの足跡をたどる――

 3460年、太陽系帝国は滅亡した。
 以後、120年間、銀河系は〈公会議〉の支配下におかれ、人類の母星テラは、遠い宇宙の深淵を放浪する。
 ペリー・ローダンは、惑星テラを捜索する途上、超知性体バルディオク――太古の〈力強き者〉が変容した超存在――と遭遇する。
 やがて、ローダンは知る……太古、バルディオクたち不死の〈力強き者〉――別名〈時知らざる者〉――7人は、胞子船で宇宙の大域に生命を播種した。そして、宇宙各所から招聘した36種族を背後から操作し、播種した生命に知性を育むべく、〈大群〉を建造させたのだ。

そのとき、ぼくはもう生きてはいない――

 だが、シェーデレーアは、相対的不死を約束する細胞活性装置の所持者のひとりに選ばれた。忌まわしいカピン片との共生のおかげで、いつしかシェーデレーアは人類に多大な貢献をなし、比類なき存在と認められたのだ。
 シェーデレーアは、ローダンとはまた別の数奇な運命の道筋をたどり、〈力強き者〉のもとにいきつく。
 3578年、〈公会議〉支配下の銀河系に向かう遠距離宇宙船《ソル》で、シェーデレーアは、船上に発生したマイクロブラックホールに呑みこまれ、消滅する。
 だが、かれは死んではいなかった。かつて、サイノスのシュミットから託された超兵器〈殲滅スーツ〉が、不意に襲った危機から着用者を守り、シェーデレーアをその本来の持ち主〈人形使い〉カリブソのもとに跳躍させたのだ。
 カリブソの真の名は、〈力強き者〉、または、〈時知らざる者〉ガネルク――太古、バルディオクらとともに胞子船で生命を播種し、超兵器〈殲滅スーツ〉を借りうけて、〈大群〉監視の任についた。だが、バルディオクの策謀により、〈殲滅スーツ〉を奪われ、〈力強き者〉の同盟にもどることも、〈大群〉を監視することもかなわず、数百万年間、〈殲滅スーツ〉をもとめて宇宙を放浪してきた。

 ローダンは、遠距離宇宙船《ソル》で、超知性体バルディオクのもとへ。
 シェーデレーアは、〈力強き者〉の移動手段〈時の泉〉をぬけて、放浪惑星テラへ。
 〈人形使い〉カリブソ=〈時知らざる者〉ガネルクは、かつての仲間の足跡をたどり……。
 運命は、ふたたび交錯する。


Alaska Ⅱ 大宇宙の深淵で

Am Ende des Universums

第3章 少女と人形使い

 3582年、〈人形使い〉カリブソは、惑星バルディオクにいた。
 〈力強き者〉の組織は、すでになく、もどる場所をなくしたカリブソは、〈力強き者〉の指導者ケモアウクの伝言にしたがい、ここに来た。
 200万年以上の昔、〈力強き者〉バルディオクは、自分の胞子船《パン・タウ・ラ》の生命播種の力を、自身の王国の建設に用立てようとした。ガネルクを〈大群〉監視の任から放逐し、〈大群〉の内乱を画策し、おのれの罪を隠そうとした。〈力強き者〉の指導者ケモアウクは、バルディオクを捕らえ、摘出した脳髄をこの惑星に放置した、という。
 ケモアウクの伝言はこうだ――バルディオクの脳髄を抹殺し、永劫の責苦から解放してやってほしい。
 だが、バルディオクの脳髄は、数百万年のうちに惑星の植物相と融合し、一個の超知性体に変貌をとげていた。
 増殖した脳細胞が覆いつくす惑星で、カリブソは驚愕のあまりたちつくす。
 バルディオク本来の脳髄を探索するのは、とうてい不可能に思われた。

 あるいは、ペリー・ローダンをみつけるほうが容易かもしれなかった。
 カリブソは、この人間から、貴重な情報を得られるのでは、と期待していた。
 思案していると、ふいに涼しげなそよ風を感じた。無から生まれたような。かれは周囲をみまわした。驚いたことに、ちいさな女の子がかれの前に立っていた。少女はゆったりとした衣服をまとっていた。足ははだしで、うす汚れていた。黒髪は肩までとどく。その瞳の印象はさだめがたい。静かな笑みと憂鬱が混在しているようだ。
 幻覚だ! そんな想いが、カリブソの脳裏をよぎった。
 それでも、その姿は何かを想い起こさせた。
 かれは少女をまじまじとみつめた。彼女は微笑みかえした。
「どこからあらわれた?」と、そう口をついて出た。「きみは何者だ?」
「心配ないわ」少女はやわらかな声で、〈力強き者〉の言語でこたえた。「わたしは現実にここにいるのでなくて、ただの意識投影像。この姿で顕在する力を、ケモアウクにもらったの」
「ケモアウク?」カリブソは、信じられぬままにくりかえした。「かれはまだ生きているのか?」
「力をくれるのに、生きてる必要があるの?」と、少女は謎かけをするように、訊きかえした。
 カリブソは、いちどきに彼女が想起させるものに思いいたった。7人の〈力強き者〉の命で、一基の〈星々の大群〉を建造した種族と、外見が瓜二つ。まちがいない、少女はあの種族の出身だ。
「ある意味」と、少女は語をついだ。「あなた、わたしの先輩なの」
「なんのことだ? わからない」
「〈殲滅スーツ〉をなくして、あなたが追放されてから、わたし、ケモアウクから〈大群〉を観察するように、訓練されたの」
「監視機構としての後継者、ということか」
「それに意味があったうちは、そう。そのあと、わたし、同胞のところへ帰ろうとしたけど、どこに行っても、〈力強き者〉たちと接触したあと、建設しては捨てていった都市しか見つからなかった。わたしの種族、こわいくらい発展を遂げたにちがいないの。操られていたことに気づいたあとで、かわいそうに、7人の〈時知らざる者〉と同じくらい力強くなろうとしたみたい」
 カリブソには、投影像をみつめることしかできなかった。
「遅かれ早かれ、当然〈物質の泉〉現象にいきついた科学者たちは、それを制御できる、と思ったのね。そのあと、種族の消息はとだえてしまって。〈物質の沼〉に呑まれて、消えてしまったのかも」
 少女は目をとじると、ふるえはじめた。その様子が少しつづいたあと、自制をとりもどす。際限ない孤独に圧倒されてきたのは、あきらかだ。
 カリブソは、彼女のことを理解できるような気がした。かれもまた、長すぎる期間、追放の生を孤独に生きてきたのだ。
「ケモアウクがきみを派遣したなら、理由があるはずだ」
「わたしの使命は、バルディオクを助ける全部の人を支援すること。胞子船をどこに隠したのかしれないうちは、バルディオクは死んではいけないの。あの船を見つけて、本当の使命にかえすことが大事なの。でないと、〈物質の泉〉と〈沼〉の仕組みは動揺して、この宇宙は破滅の危機にさらされるのよ」
 カリブソはよろめいた。知りえたすべてを、うけいれようと試みる。
 つまり、ケモアウクは、カリブソに与えた任務を拡大したということ。
 バルディオクは、抹殺されるのではなく、救済されねばならない。胞子船の発見には、それが不可欠。
 ケモアウクが、ふたたび〈物質の泉〉の彼岸の勢力と接触をもった、ということなのか? ケモアウクは〈物質の泉〉に入ることに成功したのか? 特別の〈召喚〉がかれのもとへ届いたのか?
 めくるめく感覚が、〈時知らざる者〉をおそった。
「もう、この姿をしていられない」と、少女がいった。「ケモアウクから貸してもらった力でも足りないの。お願い、ケモアウクが正しいと信じたみたいに、行動を」
 姿が、炎の中に立っているかように、ゆらぎはじめた。ガネルク=カリブソには、少女があと数秒たらずで消えてしまうのがわかった。
「名前を!」と叫ぶ。「せめて名前だけ、教えてくれないか」
 冷たい炎が、もはや輪郭しか見えない少女をつつみこんだ。しかし、もう一度だけ、風がやわらかな声をはこんできた。
「キトマ!」と。
―― Perry Rhodan-Heft 860 "Rückkehr des Zeitlosen”


第4章 少女と仮面の男

 〈力強き者〉たちの胞子船が積載する〈搬生素〉――オン量子とノオン量子からなる生命の種子――が、万一、暴走したら、いかなる災いが、この宇宙に解き放たれるかもしれない。
 3586年、ローダンは、超知性体〈バルディオク〉を悪夢から解放し、惑星テラを帰還の途につけると、すぐさま、胞子船《パン・タウ・ラ》探索に向かう。
 アルグストゲルマート銀河に隠された《パン・タウ・ラ》は、直径1126キロメートルにおよぶ巨体の13分の12を超空間に没していた。
 シェーデレーアは、ローダン指揮下の《パン・タウ・ラ》突入部隊に加わり、胞子船中央の司令室をめざす。
 しかし、その道程、シェーデレーアを異変がおそった。
 超空間に吹きあれるハイパー・エネルギーをうけ、顔のカピン片は虹色に脈動。顔面であばれる力は、シェーデレーアの精神を苛む。
 だが、部隊はすでに深く胞子船内に分け入っていた。かれひとりが引き返し、通常空間に生還する可能性は皆無。
 発狂か死、の瀬戸際で、シェーデレーアは随行するK-2ロボット、アウグストゥスの提案で、ひとつの賭けにでる――胞子船内に設置された転送機をぬける。そして、転送の過程で、カピン片が蓄積したハイパー・エネルギーを超空間へ放出するのだ。
 仮面の男は、受信局もさだかでない未知技術の転送機に足を踏みこむ。
 意識を、暗黒が包みこんだ。
 何がおきた?
 失敗? 自分は、超空間の虜となったのだろうか?
 そこに、一条の光がさした――

 その瞬間、ほとんど無限とも思われる暗黒に光が生まれた。アラスカは、それが大きく、かれのほうへとむかってくるという印象をいだいた。かれの感覚は、この状況下で機能するのかはさておき、次第にはっきりする輪郭をとらえていた。
 シェーデレーアの目前に、黒髪の少女のやせた姿があらわれた。汚れたむきだしの足。ゆったりとした衣服を見につけている。その双眸は、憂鬱と静かな笑みとをともに漂わせていた。
〈キトマ!〉アラスカは愕然とした。
 幻覚にちがいない! かれの意識はそう告げていた。死にゆくものの願望だと。
 だが、それから、かれに少女の思考波がふれた。
〈ここでしか、あなたと連絡がとれなかったの、アラスカ・シェーデレーア!〉と、彼女は哀しげに、〈ケモアウクの貸してくれた力も、もうあなたの時空連続体に実体化するのに足りなくて。いつかはあなたがここに来るって、望みをつないでいたの〉
 現実! アラスカの五感が熱をもった。
〈ここのとこ、n次元座標からあなたの動向を追ってたのよ、アラスカ〉と、キトマはつづけて、〈あなたはわたしと現実をつなぐ最後の一点。だって、わたしの種族は、〈時知らざる者〉たちと同じように力強くなろうとして、〈物質の沼〉に消えてしまったのだもの〉
〈きみが転送ジャンプを中断させたのか!〉アラスカは、推量をさしはさんだ。〈ぼくをひきとめたんだな〉
〈うん、あなたの助けがいるの〉
 なんてことだ! そう思いつつ、アラスカは思いを彼女から隠そうとつとめた。よりにもよって、ぼくに助けをもとめるとは! おそらく、転送機を出た瞬間にも死ぬことをさだめられた人間に。
 それから、かれは少女へと思考波をむけた。
〈ぼくの窮状はわかっているだろう。どうやってきみを助けろと?〉
〈ケモアウクと接触できないの〉が、こたえだった。〈かれがもう生きてないことも、あるかもしれないけど、わたし、信じない。あなた、ケモアウクをみつけなきゃ。そうしたら、かれがわたしをまた現実にむすびつける手段を用意してくれる〉
〈〈時知らざる者〉なんて、もういないんだ〉と、アラスカは応じた。〈残ったのは、デログヴァニアの人形使いの身体で生きなければいけないガネルク=カリブソと、〈テルムの女帝〉と融合して生きのびたバルディオクだけ〉
〈ケモアウクが、死ぬはずない!〉彼女の思考は懇願するようだった。
〈いったい、どこをさがせというんだ?〉
〈遅かれ早かれ、あなた、かれの足跡をみつけるの〉
 アラスカは、目にしているものが投影像にすぎないことを思い出すよう、自分に強いねばならなかった。残された力で、少女はかれとコンタクトをとった。そのメンタル・インパルスがかれの幻想を刺激し、意識の中に少女の姿をつくりだしたのだ。
 少女の思考が力をなくすのが感じられた。それにともない、華奢な姿は光輝をうしない、透明な雲へと変わっていった。
〈ケモアウク……物質の泉……さがして……〉
 転送障害者にとどいたのは、思考の断片にすぎなかった。

 シェーデレーアは、転送機のアーチの前にたたずむ自分に気づいた。
 K2ロボット、アウグストゥスによれば、転送機は一切作動していない。だが、カピン片の脈動は鎮まっていた。
 キトマ……この広大な宇宙の中で、もう二度と会うことはないと思っていた。
 しかし、キトマは、またも自分を救ってくれたのだ。
 キトマは、かつてこういった――わたしには、はっきり見えるの。宇宙は測りしれないほど大きいけれど、交点というものがあって、だれもそこで立ちどまらずにはいられない。
―― Perry Rhodan-Heft 895 “Die Herren der PAN-THAU-RA”


「――顔面カピン片」
「――不思議少女キトマ」
「――サイノスのシュミット」
「――草をも枯らす〈殲滅スーツ〉」
「――〈人形使い〉カリブソ」
「――モノノケに好かれる男だよな~」
「――ていうか、本人も、いつか気づくんでしょう」
「――そういう才あるヒトも、また、モノノケなり」
「――ああ、かれの将来には、どんなモノノケがっ」
「――待ってるんだろうな~」
「――不幸なアラスカくんに、かんぱーい」


インターミッション

あなた、かれの足跡をみつけるの――

 《パン・タウ・ラ》は、完全に超空間へ封印された。
 だが、コスモクラート――〈力強き者〉たちに胞子船をあたえ、生命と知性の播種を指示した高次存在――は、エランテルノーレ銀河の〈物質の泉〉を操作。《パン・タウ・ラ》破壊のための5次元振動〈宇宙震〉を、近隣宙域に無作為に放射しはじめる。
 故郷銀河系にも、被害がひろがる。
 ペリー・ローダンは災厄を封じるため、エランテルノーレ銀河で〈力強き者〉の7基の〈宇宙城〉を遍歴し、〈鍵〉を回収。〈物質の泉〉彼岸の勢力コスモクラートにコンタクトをもとめる。
 ローダン一行は、〈物質の沼〉から〈力強き者〉の指導者ケモアウクを救出。ケモアウクは、アトランとともに、〈物質の泉〉の彼岸に消えた。

あなたの種族はわたしたちの足跡をたどる――

 西暦3588年、超知性体〈それ〉の中央星エデンIIから帰還したペリー・ローダンは、宇宙ハンザ同盟を創設。
局部銀河群の星々をむすぶ通商活動をはじめる。
 宇宙ハンザ同盟は、ネガティヴな超知性体セト・アポフィスの侵略から、〈それ〉の〈力の球形体〉を護る役割を担う。人類は、ついに宇宙的な使命を果たすに足る段階にまで、歩みを進めたのだ。
 新銀河暦元年、人類と銀河系は新たな時代をむかえた。


Alaska Ⅲ 約束の時

Zeit der Vollendung

第5章 仮面との別れ

 新銀河暦初頭の400年――
 それは、銀河系の全種族がひとつの未来を信じ、ひとつのことをなしとげた時代。
 かつて〈公会議〉に対する抵抗運動から生まれた銀河種族尊厳連合(ガフェク)が、この時代のおわりには、銀河人(ギャラクティカー)の国家ギャラクティカムに結実する。汎銀河通商機構〈宇宙ハンザ同盟〉は、〈深淵の騎士〉の資格を有するペリー・ローダンの指揮のもと、超知性体〈それ〉とその勢力版図である局部銀河群を、ネガティブな超知性体セト・アポフィスから防衛する。
 この時代、人類はコスモクラートの陣営にあって、宇宙秩序実現のための戦いの一翼を、誇りとともに担っていた。

 新銀河歴426年、ギャラクティカーは、コスモクラートの導きにしたがい、虚空のただなかに、封印された巨大なプシオン力場〈フロストルービン〉を発見する。
 本来の〈フロストルービン〉は、太古、遠方の宙域で、宇宙的役割をはたしていた装置。だが、いつしか、宇宙を放浪し、赤光とともにつぎつぎと銀河を凍結し破砕する 〈フロストルービン〉に変貌。そして、封印後も、超知性体セト・アポフィスの存在をささえる強力な武器として機能している。
 ペリー・ローダンは、〈フロストルービン〉の封印をやぶろうとする超知性体セト・アポフィスを制するため、2万隻の銀河系連合艦隊を編成する。
 アラスカ・シェーデレーアも、この遠征に志願した。
 だが、〈フロストルービン〉宙域で対峙する超知性体セト・アポフィスの補助種族艦隊も銀河系艦隊も、突如出現した〈無限艦隊〉――〈フロストルービン〉をあるべき姿に還すため、悠久の探索をつづけてきた超大艦隊――の偉容を前に、なすすべもない。
 〈無限艦隊〉に追撃された銀河系艦隊は、〈フロストルービン〉を通過し超知性体セト・アポフィスの本拠M-82銀河にいたる〈最小抵抗の道〉を撤退路に選んだ。
 銀河系艦隊旗艦《バジス》が、巨大プシオン力場〈フロストルービン〉に突入する。
 そのとき、《バジス》艦上のシェーデレーアを、猛烈な衝撃が襲った――

 アラスカ・シェーデレーアは戸棚から鏡をとりだした。
 裏側を顔にむけ、持った。心臓の動悸がはげしい。
 孤独の千年に、忘れ果てた希望。それをいま、感じていた。鏡を裏返すことができなかった。落胆に耐えきれそうもなかったからだ。
 本当であってくれ!
 鏡を裏返した。あやうく取り落としそうになる。鏡を顔の前にすえたまま、ベッドにぶつかるまで後じさった。腰をおろした。もう一方の手も、鏡をつかんだ。
 仮面は、顔に対してわずかに傾いていた。そのむこうは、すべてが死に絶えたような暗黒。アラスカを深い恐怖がおそった。
 鏡をさげ、横へむけた。
 パニックはつづいた。もし、不細工な共生組織が消えうせたのなら、仮面の下が暗いのも驚くことではなかった。
 仮面をとるのだ! そう自分に言い聞かせる。
 その瞬間、なにかが自分の体内を「流れる」のを感じた。比喩できる体験が、かれにはない。強い電撃をうけたら、似たような感じかもしれない。だが、アラスカが体験したのは、危険なものではなかった。それもまた、感じられたのだ。
 自分の身のうちに耳をすましたが、それはすでに通り過ぎたあとだった。思わずインターカムのスクリーンに目をやり、他の乗員たちの反応から似たような体験が読み取れるかを確かめた。だが、司令室の面々は計器類なり《バジス》艦外の事象なりに集中しているようだった。
 シェーデレーアはもう一度、立ち上がった。
 片手に鏡をにぎりしめ、もう一方の手で顔のプラスチックの仮面をつかんで、はずした。
 目にしたのは、顔。西暦3428年以来、はじめて見る顔であった。

 カピン片の消失は、かれになにをもたらしたのか。
 ようやくとりもどした顔は、生気も表情もなく、デスマスクを思わせた。喪失感とむなしさ、得体の知れない不安をかかえ、《バジス》艦内をさまようシェーデレーアを、人々は〈死人顔〉と綽名する。
 やがて、シェーデレーアは、恐ろしい真実を知る。
 カピン片は、消えたわけではなかったのだ。
 体内を流動し、ときおり、予期せぬ部位に不意に極彩色の組織を表出する。見た者は、かつてかれの顔を直視したのと同様に、狂気にとらわれる。
 〈フロストルービン〉通過の作用で、カピン片は存在形態を変えたに過ぎないのだ。
 もはや、仮面をつけてさえ、人々と交わることはできない。
 シェーデレーアは、深い絶望の淵にいた。
―― Perry Rhodan-Heft 1108 "Sturz aus dem Frostrubin"


第6章 彼岸から呼ぶ声

 〈フロストルービン〉をぬけた先、M-82銀河で、超知性体セト・アポフィス、〈無限艦隊〉、銀河系艦隊の三つ巴の戦いはつづいた。
 まず、超知性体セト・アポフィスが、ローダンとの決戦に敗北を喫し、原初の状態にまで退行して果てた。
 一方、〈無限艦隊〉には、その指揮権をめぐる内紛があった。ローダンもまた、〈無限艦隊〉予言者が語る未来――〈無限艦隊〉はテラナーの指揮のもと、銀河系をへて目標にいたる――にせかされ、〈無限艦隊〉司令部の探索をすすめた。
 シェーデレーアは、なかば死に場所を求めるように危険な任務に志願し、その結果、ゾルゴル人カルフェシュとともに、〈無限艦隊〉司令部に、不時着を余儀なくされる。
 シェーデレーアは、キトマの夢をみた。
 全長3億5000万kmにおよぶ広大な〈無限艦隊〉司令部《ローランドレ》を原住民ユガフを案内人としてさまようシェーデレーアに、生への執着はなかった。
 今のまま生きるなら、死んだほうがいい。
 そこに、声がした――

「言うことをきいてはだめ!」幽霊のような声が響き、2メートルと離れていない場所に、白い服を着た姿が無からあらわれた。宙に浮く姿はすきとおっていたが、今度こそ、アラスカには、はっきりと見てとれた。
「キトマ!」そう囁き、彼女が語りかけてきた夢のことを思いだした。
「そう」彼女がいった。「あの時、あれがあなたにたどりつく唯一の可能性だったの」
「では、ほんとうにぼくを救おうと?」
「わたし、同胞を見つけたの、アラスカ、そして、あなたのこと、報告した。あなたの運命は、とても……普通の人と違ってた。だから、わたし、あなたの消息をつかむ機会を待ちのぞんできた。あなた、とても不幸ね、おともだち。前のあなたは、そう思いこんでただけなのに、いまは、本当にそうなのね」
「ああ」テラナーは同意した。「きみの言うとおりさ。キトマ――カピン片をもとの位置にもどせるかい?」
「いいえ」
「なら、きみも、助けにならない」
「でもないかも。あなたを、わたしたちのところに連れていくことはできるわ」
 アラスカは、キトマの〈都市〉を思い出した。人間ひとりを永遠に呑みこみ、かれもまたあやういところをまぬがれた。あれは、かつて遭遇した中で、もっとも恐ろしい都市、もう二度と近づきたいとは思わない。
「あの〈都市〉は、長いこと打ち捨てられて、とても孤独だったの」キトマが指摘する。「だから、あなたと同じくらい恐怖をかかえて、あなたと同じくらい攻撃的だった。それに気づくのが、遅すぎたのね。今度は別。わたしの種族がいるのは、あの〈都市〉とは似ても似つかない」
「そこでなら、ぼくを、昔そうだった人間にできる、というの?」
「そんなことわからないし、そうは思わないけど。それだと後戻りだし。でも、わたしたち、あなたが自己をもっと啓発して、現状を克服するのを、助けられる」
「なんて夢だ!」ユガフが祈るようにつぶやいて、キトマと、セルンを身につけたテラナーとを交互に見やった。
 アラスカは注意をはらわなかった。キトマの意図について思いにふけっていたのだ。
「ぼくは、いきなり消えてなくなるわけにはいかない」テラナーは腹立たしげにいった。「きみは、どう思ってるんだ?」
「あなたは、あなたのこれからの人生をどう考えるの?」キトマは真剣に問い返した。「仲間のもとにいたら、遅かれ早かれあなたは理性をなくす。あなた、もうふつうの人たちにまじって生きてはいけないのよ、アラスカ。カピン片が自分を傷つけなくても、自分でそうするの――もし、カピン片をおいはらっても、それとも、それだから」
 彼女は正しい。そんなことはわかっている。だが、一方で、かれはキトマのことをあまりに知らなくて、その種族にいたっては何ひとつ知らない。キトマが何者なのかさえ、知らないのだ。目に映るのは、いつも、痩せた、白い服の、裸足で、長い黒髪の、どこか中性的な少女だった。その種族は〈大群〉の建造と監視に協力し、ある種の見張りとして彼女はとどまった。かれが見ているような子供でなど、あるはずがない。しかし、実際に何者、あるいは、何なのだろう?
 今回、彼女はかれの思念にこたえなかった。
「あなた、この世界では生きていけない」と、かわりに言った。「ここで生きてくチャンスもない。わたしたちのところに来て!」
「それもまた、ある種、自殺じゃないのか?」苦々しく、かれは応じた。
 キトマは沈黙した。
「それで、どうするつもり?」かれはようやく訊ねた。「このクレーターのどこかに、宇宙船が隠してあるとでも?」
「ううん、アラスカ。見たとおり、わたしはあなたの前に物質形態であらわれることもできない。あなたのいる場所は、わたしの種族にとって、近づくのがとても難しいの。でも、あなたの中にはカピン片がいる。それはただの組織塊じゃなくて、カピンがある地点から地点に転移するときに変わるエネルギー集積の一部。わたしたち、このかけらにペドトランスファーを励起して、あなたを回収できると思うの」
「思う? それは、きみらも確信がないということ? カピン片が反応しなければ、どうなる? それとも、途中で……力つきたら?」
「あまりたくさん、約束できないの」と、キトマが悲しげにいった。「危険はあるし、それはわかってる。でも、他に選択肢がないのも、わかってるの。あなたに残る可能性はふたつだけ。未知に跳ぶか――でなければ、死ぬのよ」
「ちがう、キトマ。他に道はある――他にも道はあるはずだ!」

 だが、道がひとつしかないのは、わかっていた。
 意を決したアラスカ・シェーデレーアは、同行者に別れを告げると、キトマの指示するままにカピン片と同調し――跳躍した。

 アラスカ・シェーデレーアは、すべてが反対に働いているという、妙な感覚をいだいていた。カピン片はこれまでずっとかれの一部だったのに、いきなり、かれの方がカピンに運ばれるかけらにすぎなくなっていた。
「それは違う」と、聞きおぼえのない声がいった。
「きみ、か?」混乱しながら、アラスカは問うた。
「そう、わたしだ。カピン片だ。わたしがあんたと話せるのに驚いたかね? 説明はしごく単純だ。われわれ、いま、わたしの構成体の中にいるのだ。それに、これまでは、他にもわれわれを分かつ障害があった」
「きみにも意識があるのか!」
「ああ、もちろんだ。ずっと、そう。けれど、わたしは……眠っていたのさ。そう表現してさしつかえあるまい。〈フロストルービン〉を通過したとき、わたしは目覚めたが、あんたの身体のなかを迷走していた。そのことに気づいたときには、あんたを離れるのにはすでに手遅れだった」
「いまなら、できるのだな」
「そうだ」
「そうしたら、わたしはどうなる?」
「わからない。キトマとその同胞たちは奇妙な力をもっている。おそらくあんただけを回収できる。だが、望むなら、すべてを乗り越えたとあんたが確信するまで、あんたのもとに留まろう」
 アラスカはカピン片とともにすごした長い時を思った。不意に自責の念がおこった。
「長いこと、きみをやっかいばらいしようとしてきた」
「ああ、知っている」と、カピン片は平然と応じた。
「きみの側でも、わたしから逃れようとしていたのか?」
「当然だろう。望まれない余計物として存在するのが快適だと思うかい?」
「きみは、誰なんだ?」
「それは『衝突事故以前のわたしは誰だったのか?』と言いたいんだろう? ふむ、わたしは、これといった特徴のない若いカピンだった。名誉欲に燃えながら、何かをなしとげるには不器用にすぎた。いつだって、まちがった連中に近すぎた。われわれが〈衝突〉する少し前には、ある少女に恋いこがれていた。そのころ、わたしは不遜にも、上司のひとりが裏取引していると確信していた。たしかな証拠を手に入れたんだ――集めるために、相当な時間をかけてね。わたしは彼女にそのことを話してから、ウカルシムを脅そうとした。彼女のことを信じていた。だが、彼女はウカルシムの娘だった。裏取引は、君主自身の指示による戦略的な作戦だったとわかった。ウカルシムに責任なんてなかったんだ。彼女も――彼女は、他のやつと婚約していた。こっそりやろうと考えてたかどうかはわからないが、誰もかれもがからんでいた。きみと〈出会った〉ときには、わたしは実に無意味な旅の途中だった。どこかに逃げるつもりだったが、成功したかは疑わしい。もどったら、始末されていただろう。自分が正しいことはわかっていたが――何の役にも立たなかった。あんたはどんなやつだったんだ――あのころは?」
「もうよく思い出せないんだ。それに意味もない。わたしの物語は、きみのものほど興味深くもない」
「わたしをやっかいばらいできたら、どうするね?」
「なんとかやっていくさ。これからきみが連れていってくれる、未知の種族のもとで」
「あんたはキトマのことを知っていると思ったが?」
「きみとおなじくらいね。つまり、何も知らないということ」
「あまり希望に満ちた状況とはいいがたいな」
「気にしてもしかたない。もし自由になったら、きみは何をしたい?」
「自由か……。わたしはもう、カピンとはいえない。あんたなしではいったい何であるのかすらわからない。あんたこそどうする?」
「わたしはもう、普通の人間ではない。きみなしでは、人間の中にまじって生きていくことはできない。以前は逆だと信じていた。どんな代償を支払ってでも、きみをやっかいばらいしたかった。いまわたしが望むのは、ただひとつ。きみがわたしのもとにとどまることだ。きみにあまりに多くを望みすぎている、とも思うのだが」
「あんたの言うとおりかもしれないな。われわれが一体でありつづけて、やっていけるものか、わたしにはわからない」
「折り合いはつけられるさ」
「何について?」
「それはわたしにもわからない。わかるのは、ただ、きみなしでは自分が無と同じであること。わたしにはきみが必要なんだ!」
 ふたりが無限を疾駆していく長い時間、カピンは黙っていた。ペドトランスファーはゼロ時間でなされるはずだが、この旅は非常に長かった。あるいは、キトマとその種族が何らかの作用をおよぼしていたのかもしれない。
「わたしにもあんたが必要だ」と、カピンはようやく言った。「ずっと考えてきたことだ。わたしはもう、かつての存在形態にもどることができない。当時のペドコンタクトはとうに存在していないんだ。あんたから離れることはできる――でも、そうすれば、わたしは無限のどこかへと失われてしまうだろう。だからどうということもないが、どうやら好機はすでに逃してしまったようだ。あんたとわたし――われわれはふたつとない存在。終わらせるにはもったいない。せめて、どこまでいけるか、試してみるのもいいだろう」
「キトマの世界で」アラスカ・シェーデレーアは小さく答えた。「あるいは、決してわれわれの居場所を見出すことのない世界でか」
「そこでなら、ふたりは幸せになれるわ!」はじめて会話に口をはさんだキトマがそう保証した。だが、その指摘は彼女がこれまでの一言一句を理解していたことをしめしていた。それが、アラスカには少しばかりショックだった。この、カピンとのはじめての直接のコンタクトは、部外者が加わるにはあまりに神聖なものと思われたのだ。思うに、たとえキトマでさえも、この対話を盗み聞きする権利はないはずだった。
「盗み聞きしてたわけじゃないわ」と、気分を害したようにキトマが、「どこへ行けばいいか知らないふたりのために、そばにいただけ」
「どうやら彼女の言うことのほうが、正しそうだな」カピンはおもしろがっているようだった。「旅の案内人と喧嘩するのは、安全な宿を確保してからにすべきだ」
「それはきみたちカピンの諺?」と、不安げにアラスカ・シェーデレーア。
「いや、いつだか小耳にはさんだだけさ。この先にわれわれの目的地がある。さ、決断しなくては。あんたがほんとうにそう望むなら、わたしはあんたのもとにとどまろう」
「望むさ!」
「いいだろう。わたしもそれを望むし、あんたがそう望んでくれることを願っていた。さしつかえないだろうか、わたしが住みなれた場所にもどっても?」
「キトマ?」
「こわがらないで。あなたがわたしたちのところにいるかぎり、だれも害をこうむったりしない」
「では、ぼくがきみたちのもとを離れようと考えたら?」
「われわれが、きみたちのもとを離れようと考えたら?」と、カピン片が訊ねた。
「そのときは、方策をみつけるわ」キトマが約束する。
 しかし、アラスカ・シェーデレーアのみならず、カピン片もまた気づいていた。回答する前に、キトマがほとんどわからないほどためらったことに。だが、それについて考えをこらす間もなかった。かれらは共鳴と驚異とに満ち満ちた世界にとびこんだのだ。かれらを待つ世界に。迷い子のような気持ちがした。かれらのためにされた歓迎は息を呑むほどで、また、キトマと同胞たちの生きる世界は、かつてアラスカが遭遇した悪夢めいた〈都市〉とは実際似たところすらなかった。
 いつしか、自分にあてがわれたアルコーヴをみつけていた。ここならば誰も耳を澄ますものもなく、いかなる思考波もとどかない。そのかたわら、かれは自分が肉体として存在していないことを自覚していた。しかし、肉体を持っていると想像することはできる。そうすると同時に、一瞬前まではなかった鏡をのぞきこんだ。目に映ったのは、ごく見慣れたもの。〈死人顔〉ではなく、カピン片の色と形の乱舞であった。
「幸せかね?」かれの中で、声なき声が訊ねた。
「ああ」囁くように答える。
「それで、永遠にそうあれるとほんとうに信じているのか?」
 アラスカ・シェーデレーアは答えなかった。自分の鏡像をみつめる。
 わたしたちは還るだろう。そう思った。いま、この時ではなく。しかし、いつの日か――許されるものならば。
 カピン片がかれの顔でのびをした。テラナーは微笑みつつそれを観察し、満足した。いったいなぜ、これを敵とみなしつづけたのだろう?
「われわれ、両方がそうしたのさ」カピン片が眠たげに応じた。「互いに責めあうことなどない。眠ろう、友よ。われわれにはそれが必要だ」
 カピンは正しい。アラスカ・シェーデレーアにもわかっていた。かれは目を閉じ、夢の世界に身をゆだねた。
―― Perry Rhodan-Heft 1189 “Alaska Saedelaere”


「――これが、アラスカの孤独の終わり?」
「――そうでもないみたいですよ」
「――カピン片は、やがて、去り~」
「――モノノケっぽくなくなった、アラスカくん」
「――キトマも、もはや積極的にかまう理由がない」
「――うっ」
「――あいつ、ともだち、モノノケしかいないのに」
「――あ」
「――まさか?」
「――淋しくて、オレたち呼んだのか」


インターミッション

いつの日か、あなたの種族はわたしたちの足跡をたどる――

 5万年前、おとめ座銀河団から銀河系までをふくむ直径5000万光年の宙域の物理法則が変化した。
 原因は、おとめ座銀河団のコスモ・ヌクレオチド〈ドリフェル〉にある。
 〈ドリフェル〉の変質により、この宙域のプシオン網――時空連続体をつらぬいて存在する高次元のネットワーク――もまた変容した。
 キトマの種族〈クエリオン人〉は、変容した宇宙のプシオン網を媒介に絶対移動を実現する技術〈網歩〉を確立。この宇宙の法則をさらに変質させるあらゆる力と戦う〈網を歩む者たち〉の組織を設立していた。
 キトマの種族〈クエリオン人〉のもとで、シェーデレーアは〈網歩〉を習得し、テラナーとして最初の〈網を歩む者〉となった。
 〈網を歩む者たち〉が目指すのは、コスモクラートにもカオタークにも与しない〈第三の道〉。やがて、コスモクラートの方針――宇宙秩序の維持のためには、この宇宙の生命の犠牲もやむなし――に反感をいだきはじめたペリー・ローダン、アトラン、ロワ・ダントンらも、〈網を歩む者たち〉の組織に加わった。それは、この時代、銀河系を侵略したエスタルトゥ〈十二銀河の帝国〉の〈永久紛争の哲学〉と〈永遠の戦士たち〉との戦いでもあった。

ぼくを、昔そうだった人間にできる、というの?――

 シェーデレーアは、やがて、自分の意志で仮面をはずした。
 カピン片も、自分の意志でシェーデレーアを離れ、投影像の身体とテスターレの名を得て、自分の道を歩みはじめた。
 シェーデレーアは、自分の道を歩きだす。
 もはや、プラスティックの仮面とカピン片の影に隠れて生きる必要はなく、また、許されもしないのだ。


Alaska Ⅳ そして、道は分かたれて

Die getrennten Pfade

第7章 贋アムリンガル

 マゼラン星雲のパウラ・ブラックホール内部のマイクロ宇宙。
 そこにあるのは、〈過去創造の支柱〉と呼ばれるエネルギー柱と、一塊の小惑星。
 小惑星に林立する無数のクリスタル柱は、こう呼ばれていた――〈アムリンガルの年表〉と。
 〈アムリンガルの年表〉とは、超知性体〈それ〉の〈年代記作者〉が創造した『〈それ〉の力の球形体の年代記』。そこには、局部銀河群を統べる超知性体の歴史のすべてが、記されている。あるいは、宇宙創造の秘密へいたるシュプール、〈究極の謎〉の回答が。

 精神体エルンスト・エラートとテスターレは、バルコン人の肉体に宿り、キトマの導きで、この地に来た。
 キトマは、ふたりに、アミモテュオ――アムリンガルの年表の概要記憶装置――を授け、任務を託した。
 アミモテュオを、ルナのネーサンに複写すること。そして、少し前、消息を絶ったローダンの妻、ゲジルを捜索すること。

 当時のエラートとテスターレは、知らない――〈アムリンガルの年表〉であると信じていたこの施設が、不完全なバックアップでしかないことを。
 そして、誰も知るものはない――この時、キトマが、何者の命をうけて活動していたのか……。


第8章 少女の使命

 新銀河暦448年、プロジェクト・メーコラーが発動。コスモヌクレオチド〈ドリフェル〉は暴走した。
 おとめ座銀河団から銀河系をふくむ直径5000万光年の宙域は震撼し、幾多の災厄にみまわれ、〈網を歩む者〉の組織も、また、終焉をむかえた。
 当時〈網を歩む者〉だったギャラクティカー3人――ロワ・ダントン、ロナルド・テケナー、ジェニファー・サイロン――は、〈ドリフェル〉暴走の衝撃で、かれらの船《スキュラ》ともども故郷銀河を数億光年離れたヘルクレス銀河団へとはじき飛ばされた。
 3人は、そこで、思いがけなくキトマに遭遇する。
 キトマは狙われていた――離反したネガティヴな同族によって。
 キトマの真の肉体が危機に瀕しているというのだ。
 3人のギャラクティカーは、キトマに手を貸し、背信のクエリオン人を撃退する。
 だが、その過程で《スキュラ》は大破し、惑星エルゾンに不時着。修理は可能だが、メタグラヴ駆動の損傷は著しく、銀河系への帰郷に要する時間は単純計算で39年――実質50年はかかると思われた。

 わずかな空気の動きを感じた。キトマが管制室に物質化したのだ。彼女は、しばらく、身じろぎもせずに立っていた。打ちひしがれた3人へと視線をむけて。
「みんな、何を考えてるか、わかるわ」と、それから口にした。「長くて辛い時間になる。未来を予知する能力はないけど、みんなのことは知ってるの。そう、みんなが思ってるより、よく。みんな、孤独や困難をのりこえて、目標にたどりつくの」
 ロワ・ダントンは目をあげて、
「きみはどうする?」
「先にいくわ」キトマが答える。「大事な使命がわたしを待っているの」
「それについて、教えてはもらえまいか」
 キトマはかぶりをふった。痩せた身体、手入れもせず、なでつけた髪、これといって特徴のない服。彼女はとうてい美しいとは言えない。しかし、見るものを呪縛するオーラが放たれている。たとえ見ばえのしない姿であろうとも、底知れぬ魂の力を秘めているのが感じられる。彼女は、大自然が余のものと異なるように創造した生命。人間の目には隠された事物を彼女は見る。人間の悟性ではけっしてつかめぬだろう宇宙的連関を彼女は予感する。
「みんなにとっては意味のないこと。心しないといけないのは、それより、〈ドリフェル〉の爆発が、局部銀河群や〈十二銀河の帝国〉、それどころかコスモヌクレオチドの管轄する全域に、はかりしれない決定的な変革をひきおこした、てこと。旅立ちのときと同じ、故郷に会えるとは思わないで」
「その変革とやらについて、どこまで知っているんだ?」あわただしくロナルド・テケナーが訊ねた。
 キトマの視線に憐憫が満ちた。
「わからないの。さしあたりは、何ひとつ。目的地にたどりつけば、知るべきことを知ることになるわ」
「あなたには、宇宙すべてのプシオン網の小径が開かれているのでしょう」と、ジェニファーが言った。「いくつかの情報をもってエルゾンに戻ってくるのも、そんなにむずかしいことではないはずよ」
「恩知らずといわないでほしいな」キトマは拒んだ。「たったいまから追跡を恐れずに生きていけるのは、みんなのおかげ。だけど、わたしはわたしのためだけに存在するのではないの。わたしはある使命を負っていて、それを遂行する。そのためには、わたしのすべての力がいるの。エルゾンへもどる時間もない。わたしたち、いつの日か、ふたたび会うの。それは疑う余地のないこと。でも、再会するのは、数十年の未来かな」
 別れのことばも残さず、彼女は去った。唐突に消えうせたのだ。立っていた場所はからっぽだった。やせて長身の少女の姿など、ありはしなかったかのように。ロワ・ダントンが立ち上がり、手のひらで顔をこすった。
「仕事にとりかかるのがよさそうだ」と、むっつりと言った。それから突然、何かを思いついたように顔を輝かせて、「提案するぞ、新しい暦を導入する。きょうが元年1日だ。われわれの小径がいかなる行く末をたどろうとも、50年の12月31日にはテラニアで再会して、越年祭 (シルベスター)を祝おうじゃないか」
「よかろう」ロナルド・テケナーが、にやりと応じた。
―― PERRY RHODAN-Taschenbuch 315 “Duell der Querionen”


「――なんで彼女、ぼくのところには出ないんでしょう?」
「――さあねぇ」
「――ねえ、なんで、出てくれないんでしょう?」
「――そもそも、出る、ってあたりから変ですよ、お客さん」


Alaska エピローグ 残された男

Der Mann zurückgelassen

 アラスカ・シェーデレーアは探しつづける。
 かつて、憎んでいたものを、求めてやまなかったものを。
 コスモ・ヌクレオチド〈ドリフェル〉が管轄する直径5000万光年の天球を襲った空前絶後の災厄〈ドリフェル・ショック〉により、世界は変貌した。
 混乱に乗じて銀河系に君臨したモノス。その失墜と銀河系の解放。
 そして、シェーデレーアは探しつづける。
 〈喋る湖〉タルサモンの惑星の、あの〈都市〉も訪れた。
 そこには、〈網を歩む者〉を率いていたクエリオン人たちが安らっていた。
 〈都市〉のたたずまいは、かつてとはまるで異なっていた。あるじの帰還とともに〈都市〉の孤独は終わったのだ。
 けれど、キトマの姿は、そこにはなかった。
 そして、シェーデレーアは探しつづける。
 テスターレと、つかのまの再会――テスターレとエルンスト・エラートは、真の〈アムリンガルの年表〉を発見。ともに〈それ〉に融合して、ついに安息を得た。
 そして、シェーデレーアは探しつづける。

 時は流れ……。
 新銀河暦1288年、トレゴン連合にかかわる一連の危機が、銀河系を襲う。
 シェーデレーアは、ブレーンデル銀河の宙賊クメログの〈皮〉に憑依され、やがて、この共生体の協力をとりつけると、ともに強大な脅威ゴエッダと戦った。
 異銀河に転移したテラニア市アラシャン街区にひとり立つシェーデレーアの頭上に、1隻の銀色に輝く転子状船があらわれる。
 ヴァーチャル・シップ。
 それは、トレゴン評議会の命をうけ、バオリン=ヌダが建造した奇跡の船。だが、このヴァーチャル・シップは不完全だった。バオリン=デルタ空間を襲った災厄をかろうじて脱出したこの船は、まだ最終艤装を終えてはいなかったのだ。
 船は不完全だった。カピン片をなくした男のように。
 船が呼ぶ。みずからのパイロットに選び出した男を。
 シェーデレーアは応え、船の名を呼ぶ――《キトマ》と。
 こうして、ふたたびアラスカ・シェーデレーアは人類の前から姿を消した。
 宇宙に〈鼓動〉が響きわたるまでのわずかな時間――。


「――いろんなことが、変わってしまったな」
「――人も、技術も、1000年間信じてきた理想も」
「――変わってないモノも、ありますよ。ほら」
「――キトマ……むにゃむにゃ」
「――お、アラスカじゃないか! こっちこないか?」
「――けっこうですっ」
「――?」
「――ひとりで飲むのが好きなんですっ」

ENDE

Kytoma


Kytoma - Das Geistermädchen / 幽霊少女キトマ
――from Private Cosmos 22
2003/8/15 r.psytoh with y.wakabayashi
produced by rlmdi.