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| ペリー・ローダン |

Callibso

Callibso - Der Puppenspieler von Derogwanien / デログヴァニアの人形使い

――または、仮面男VS人形使い

1997/5/15 r.psytoh / 西塔玲二
- 監修 / y.wakabayashi

from PERRY RHODAN-Hefts
AD3458-3587年 / 銀河系、そして、アラスカがおもむく幾多の地で


Alaska 第I部

断片1 時の泉

 その腕が、ふいにふりまわされはじめた。目に見えない、泉の中のなにかが手をひっぱりでもしているようだった。アッカローリーはそのありさまに目がくぎづけで、声すら出なかった。
「こいつは……!」ガイト=コールが鼻白んだ。
 かれは一息に手をひきもどした。そこには、小柄な、1メートルほどの人間がぶらさがっており、必死に手足をじたばたさせていた。ほとんど同時に泉は光を失った。みすぼらしい荒地があらわれた。周囲となんら変わるところはなかった。
 ゼノはわめきちらす侏儒を仔細に観察した。ペトラクチャーが、そうすればよく見えるとでもいわんばかりに、小人を頭より高くもちあげた。
 その生命体の肌は茹であげたような赤で、顔はしわくちゃ、くちびるは薄く、小さなふたつの目は刺すような視線を投げていた。顎には腕ほども長い髭をたくわえている。その頭には、シリンダー状の帽子が鎮座していた。小さな異人は二腕二脚、手足にはそれぞれ6本の指があった。腰に淡いブルーのショールをまいている。
「つまり、あれは〈時の泉〉というよりは隠れ家だったわけだ」ガイト=コールがあっけにとられて言った。ゼノにむかって、「こんなやつ、見たことあるか?」
 ゼノはかぶりをふった。
「テラナーに似ていないこともない。だが、どんな形であれ、ペリー・ローダンの種族と同一のものとは考えられないな」
 小人は叫ぶのも暴れるのもやめていた。それがペトラクチャーに対しては、ものの役に立たないことが明らかだったからだ。
 かれは小さな手を握りしめ、脅かすようにふりまわした。
「放せ!」と、甲高い声でガイト=コールにどなった。
「なんと!」ガイト=コールが叫んだ。「この紳士はおれたちの言葉を解するらしい。この状況に説明を求めることもできるかもしれんな」
「当然だ!」侏儒が悪意をにじませて、「あたしは生体シンクロニゼーターを持ってるんだ。半分でも理性的な言語なら、その最初の響きを聞いただけで、あたしは完璧に話せるし理解できるとも」
「ほう!」と、ガイト=コール。「で、ほかにどんな得意技をもってるんだ、おまえ?」
 小人は大きく息をすいこむと、胸をそらした。
「あたしはカリブソ、デログヴァニアの詩人にして人形使い。ここポイクトには、大きな人形のためにやってきた」
 ガイト=コールは山脈へと目をやった。
「大きな人形? そいつは、もしかしてペールトゥスのアンドロイドのことか?」
「そうさ!」カリブソはうなずいて、「あれほど完全な人形はめったに見られない――あれほど大きいとなると、皆無だ。あれらは、この見捨てられた世界で、なんの理性的な目的もはたしていない。どうしてあたしがもらって悪いことがある?」と、ここでガイト=コールに猜疑のまなざしをむけて、「それとも、あんたらも所有権を主張するのかい?」
―― Nr.646

 3458年、ペリー・ローダンの脳は銀河系から1億4000万光年離れたカトロン銀河にあった。
 カトロンの隣接銀河ナウパウムで、ローダンの脳は異星人の肉体を得た。帰郷の手段を求め、また、両銀河の太古の戦争に起因する危機に対処するために、ローダンはナウパウム種族の遠征隊をひきいてカトロンにたどりついた。
 ガイト=コールとアッカローリー脳ゼノは遠征隊の一員。カトロンの太古種族ペールトゥスの遺跡で、ふたりの前で地面に黒い穴が開く。それはペールトゥスが伝説の〈大群〉建造種族から使用法を学んだという〈時の泉〉。そして、泉からあらわれたひよわそうな醜悪な小人。カリブソ――デログヴァニアの人形使い。
 カリブソは、ガイト=コールとゼノをともなって〈時の泉〉をぬける。はるか彼方の惑星デログヴァニアにいざない、ひととき、小人の人形たちが暮らす自慢の都市を披露した。
 だが、人形たちに似た短躯は、カリブソ本来の姿ではない。
 そして、ローダンとの出会いを目前にして、カリブソは不意に道をわかつ。

「あたしはもうこれ以上、あんたらのところにとどまる気はないよ!」
 侏儒は稲妻のようにすばやくシルクハットの下部をつかみ、謎の道具のひとつをとりだした。ガイト=コールがとびつこうとしたが、今回はカリブソの方がはやかった。カリブソは突然、銀色にきらめくオーラにつつまれた。
 ペトラクチャーははじかれ、転倒した。
 カリブソがくっくっと笑った。
「どうやら、3つより多くの道具の使い方を知っているらしいな」ガイト=コールがそう言って起き上がった。どうしてもっと早く気づいて対処できなかったかと、自分に腹をたてているらしい。
「それだけではない!」人形使いが叫んだ。その声は以前ほど甲高いものではなくなっていた。かれは、透きとおった銀球のなかで、肉体的にも変わってしまったようだった。「すべての道具の機能を知っている」
 ゼノの目が大きく見開かれた。ふいに侏儒が堂々たる体躯を持った存在に転じたのを目撃したのだ。
 カリブソは変貌した。
 いまでは、ガイト=コールとおなじくらいの背丈があった。顎鬚はなくなっていた。顔も大きくがっしりとしている。漆黒の瞳が、そこできらめいていた。豊かな黒髪は、カリブソの広い肩にまでとどく。
 人形使いは、いまでは力に満ちあふれ、畏敬の念をよびさます姿だった。
 その声は、搭載艇の狭い司令室に雷鳴のように響きわたった。
「わたしはこの道具すべての正当な継承者。だが、時空をわたる放浪の過程で、わたしは〈殲滅服〉を失った。それをみつけねばならない。さもなくば、おのが種族のもとへ戻ることは許されぬのだ」
「あなたが、あの伝説の〈服〉の所有者なのか!」と、ゼノ。「あなたの種族は、時間と空間を探査するためにあなたを派遣した。その目的のために、あなたはいまは失ってしまった服を身に帯びていたという」
「きみたちと出会ったとき、シュプールをみつけたと思ったのだが」カリブソは言った。「どうやら、勘違いだったようだ。きみたちの問題に関与することは許されぬゆえ、ここでわたしは去る」
 大柄な姿が色あせた。それが銀球から、どこかへ流れ出していくのが克明に見てとれた。
 それから、ほとんど聞こえないほどの爆発音。銀の球体もまた、消えていた。
 ゼノは信じられないことに、異人の姿を思い出せないことに気づいた。ただ、人形使いカリブソだけが記憶に残っていた。
 かれはガイト=コールに、そちらはどうかと問いかけた。
「俺もだ」と、ペトラクチャーはうなずいた。「とんでもない体験をしたものだ」
 ふたりのどちらも、そしてまたぶきみな異人にしても、知るよしもなかったが、おなじころ、無限のかなたの惑星地球では、転送機障害者アラスカ・シェーデレーアが、〈大群〉の管理者にもらった衣服を科学調査委員会からとりもどしていた。科学者たちはその衣服の秘密を解き明かそうとむなしく試みてきたが、何の結論に達することもないままに、正当な所有者に返却することとなったのだ。
 その衣服を〈殲滅服〉といった。
「いつの日にか」と、ガイト=コールがゼノに、「カリブソだか、なんというのか知らんが、あの異人は自分の正当な所有物をとりもどすのだろうな」
 アッカローリーは、うなずいて賛同の意をしめした。
「そのときは、服を不正に手に入れた人物の立場にはなりたくないものだよ」
―― Nr.646

「んで、物語ははじまる」
「あやしい小人の出現とともに」
「本当のこといえば、3441年に〈大群〉が銀河系に来襲したときにはじまってる」
「んなら、キトマ登場のときに……」
「とかいうと、〈それ〉がワンダラーを店じまいしたときにはじまってるし」
「ま、とにかく、かつて、おもむく先々の銀河で居住種族を知性化していた超弩級技術装置〈知性播く星々の大群〉というのがいくつもあった」
「そのひとつに反乱がおこって、おもむく先々の銀河で居住種族を馬鹿にして搾取するようになってしまうわけだけれど」
「そうはならないように、もともと監視者がついていた」
「最初がカリブソ。素性を隠して、超兵器〈殲滅服〉をあたえられて」
「盗まれて」
「仕事ほっぽりだして服さがしにいってしまう」
「次に配置された監視者キトマは、けっきょく反乱を押さえられなくて」
「〈大群〉の管理者サイノスともども、すたこら逃げだす」
「なんなんだかな~」
「んで、3443年、きっちり責任とってみせたのが……シュミット」
「そーだっけな~?」


断片 2 殲滅服

 〈殲滅服〉は透明なケースの中にかかっていた。
 シュミットはその前に立ち、まじまじとながめた。
 この服をつくりあげたのが何者か、誰も知らない。若いころ、シュミットははじめてこの服を見た。当時シュミットはいまとは異なる姿をしており、服の外観に驚いたものだ。
 いま、かれはこの服の製造者に感嘆するばかりだった。100万年を超えた昔に、いつか服を身につけるサイノが人間の姿を持つことを、かれらは知っていたにちがいないのだ。
 その事実だけで、この服がサイノスによって造られたことをシュミットに疑わせるのに充分だった。
 この認識はかれにショックをもたらした。
 説明はひとつしかない。
 〈大群〉を創造したものたちが、同時にまた、由来のまるでわからぬ、この謎多き服の発明者なのだ。
 畏れに近い感情を抱きつつ、シュミットはケースへと続く階段をのぼった。
 かれの両手が服に触れた。柔らかく、吸いつくようだ。
 トランス状態にあるように、シュミットは服を着こみはじめた。わずか数瞬しかかからない。最後の留金をかけおえたとき、かれは別人になっていた。服が強さと力を貸してくれるのを感じた。
―― Nr.566

 太古の兵器〈殲滅服〉。無数の微細なプレートが、ヒューマノイドの服の形により合わさり、両肩には各一基の白い円錐状の機器。
 3443年、銀河系に到来した〈大群〉に一部隊が突入する。そこには、アラスカ・シェーデレーアと、テラナーの姿をとるサイノスの偶像シュミットがいた。
 シュミットは〈大群〉予備制御惑星スタトーIIに隠された〈殲滅服〉の力を借りて、〈大群〉の偽神を絶滅に追いやる。

 アラスカは頭をもたげた。
「シュミット! 何があったんだ?」
「すべては解決した。〈九の虚像(イマジナル)〉はもはや存在しない。偽神たちは発狂し、やがて死ぬ」
 テラナーは後頭部をさすった。明らかに、シュミットの語ることが理解できないのだ。
「わたしは使命をはたした」と、シュミットはつづけて、「他のことはすべて、わが兄弟が対処するだろう。わたしにとっては、これ以上この形態で存在することは、意味をなさなくなった」
「何を言っているのか、わからないが」
 シュミットはうなずいた。かれは〈殲滅服〉をアラスカ・シェーデレーアのそばの床に投げ出した。
「これは君のものだ!」
「わたしにどうしろと? わたしには合わない。それに、どう使うのかも知らないのに」
「この服は誰にでも合う」と、サイノは答えた。「いつの日にか、君はそれを着る。そのとき、何に役立つかもわかるだろう」
 慎重にアラスカは奇妙な衣服に触れた。やわらかな手触りがした。それから、かれは立ち上がった。まだおぼつかない足取りでシュミットに歩み寄ると、その腕をつかんだ。
「まるで別れの言葉に聞こえるぞ」
「そう、お別れだ!」
―― Nr.567

 シュミットは疲れはてた身体を休める場所を捜す。

「よい場所だ」小さくつぶやいた。もう人間のようには見えなかった。かれの姿は、たしかな輪郭をもはやもっていない。同時に百の異なる生物のように見えた。
 シュミットは小さな木の前にたちどまった。数秒がたち、それからサイノは石になった。
 青い太陽が空にかかっている。
 しかし、シュミットが変じたオベリスクは、影をおとさなかった。
―― Nr.567

「シュミットとその〈兄弟〉ノストラダムスは、サイノスのなかでも特別な〈偶像(イマーゴ)〉と呼ばれる存在」
「タボラという鍵と一体となって〈大群〉を操縦するとか」
「カリブソもキトマもシュミットも、かつてサイノスの指導者だった九の虚像もいなくて、船頭ノストラダムスの独裁状態ねぇ」
「ソル系はもう〈大群〉の一部なんだから返すもんかぁ、とかいって、逆にローダンに脅迫されたり」
「銀河系でのんびり暮らしたい、と主張して〈大群〉に戻ることを拒否した軟派なサイノスを、カピンの助けを借りて虐殺したり」
「けっこう、イヤなやつだったりするらしい」
「なんでも元気におとめ座銀河団方面に発進したとのことだけれど」
「長いことないような気がするのは、わたしばかりではあるまい」
「うーん」


断片3 監視者

 カリブソは〈時の泉〉のほとりに座り、おのが内で宇宙が脈動するのを感じていた。監視者と探索者を配置するという新たな手段は、思いもかけぬほどかれを駆り立てた。すでに諦観が絶えざる同行者となってこのかた、ひさしぶりにかれは希望をもつことを学んだのだ。
 ではあったが、やはり成果は偶然に依存していた。
 宇宙は広く、十億の十億倍の探索者と監視者をもってしても、チャンスは数字にあらわれようもないほどわずか。
 協力者の投入は、むしろ心理的な問題、一種の自己欺瞞だった。
 カリブソは〈時の泉〉のふちにそってさまよい、この土地を観察した。シルエットとして見える山々で、少し前に雪崩が起こり、その轟音はカリブソの耳にさえ届いていた。
 カリブソはシルクハットを脱ぐと、小さなかけらを取り出した。〈殲滅服〉の残されたかけら。それはすりへり、手あかがついて輝きが鈍っていた。
 宇宙をまたにかけた彷徨の途上、カリブソはかけがえのない所有物の、多くのシュプールをみつけていた。だが、〈殲滅服〉は消えうせたままだ。
 服を見出さないかぎり、〈時知らざる者〉の同盟に居場所をみつけるなど計算に入れる必要もないことだった。かつて同胞だったものたちは、かれを突き返すだろう。
 成果のあがらない事実が、カリブソをして、無数の協力者を用いるという考えにいたらしめた。かれは宇宙の数多くの地点に監視者と探索者を投入しなければならない。システムは条件付けをほどこさねばならない。〈殲滅服〉のシュプールを発見した際、どの協力者でもカリブソに報告を伝達するよう、機能しなければならない。
―― Nr.667

 そうして、カリブソが徴用した監視者のひとりがコスペイン。
 〈時の泉〉が口をあけたある惑星の原始種族の一員。かれは宇宙の何たるかすら知らなかったが、その有する特異な感覚が、〈時知らざる者〉にとっては監視者たるに充分な要素に思えた。そして、コスペインも神の力をもつ異人の命にしたがった。
 カリブソは、〈光胞(ライトセル)〉で、原始人をある銀河の中枢部へと運んだ。
 うち捨てられた宇宙ステーションがコスペインの任地。
 コスペインにとっては孤独な日々がはじまった。退屈と恐怖をまぎらわすため、コスペインはステーションのあちこちを探索して歩く。そうして、触れてはならないものに触れてしまう。
 ステーション建造者が遺した細菌兵器。
 コスペインは死ななかった。だが、かれの身体と精神は変貌していった……。

 3459年8月1日、アンティテンポラル干満フィールドを抜けたウルトラ戦艦《カリオストロ》は、太陽系宙域を包囲する超重族艦隊をふりきって、星の海に消えた。
 目標は、銀河系中枢部にレムール人が遺した恒星転送機アルキメデス三角。
 銀河系に侵攻する七銀河公会議の脅威を前に、レムール恒星転送機技術を利用した地球・月系の脱出計画を実行にうつすために。
 アルキメデス三角の制御ステーションPP-IIIに足を踏み入れたラス・ツバイとワリンジャーを出迎えたのは、変わり果てた姿のコスペインだった。
 ステーションのいたるところに繁茂する、動物の毛皮とも、苔類ともとれるそれは、ふたりの宇宙服にもこびりつき、除去できない。
 そのとき、アラスカ・シェーデレーアが進み出た。

 アトランが注意深くかれをみつめた。
「それは、君にはサイズが合うまい」
 しかし、シェーデレーアは服に身をすべりこませて、「あつらえたようにぴったりですな」
「どうすればそんなことが可能なのですかな?」と、トロトが訊ねた。
「素材のフレキシビリティでしょう」ゴシュモ=カンがその現象を説明しようと試みる。「その服はどんな肉体にも適合しうる。それには説明がつくはず。興奮するにはおよびませんぞ」
 その言葉はさほど感銘をよびおこさなかった。アラスカは、自分が興味の中心であることを感じた。誰もが、かれからの説明を待ちうけているのだ。
 かれに何が言えるだろう?
 かれらに語るべきだろうか。服が生あるもののように肉体を覆い、異状なしというイメージを伝えてくることを?
 だめだ!
 かれらに語るべきだろうか。服が謎に満ちた方法でかれの感覚をとぎすまし、これまでとちがった目で周囲を見せていると?
 だめだ!
 そのどれも口にしてはならなかった。ただ不信感を増幅させるだけだ。仮面をおびた男は、克明に感じとっていた。この服がかれを、これまでカピン片とプラスティックの仮面がそうしてきたよりも、なおはるかにアウトサイダーとしたことを。
 かれはもはや普通の人間に属さなかった。かれは、ちがうのだ。
―― Nr.667

 アラスカはステーションへとおもむく。
 かれの歩むところ、奇怪な苔はたちどころに生気を失い……やがて消えうせた。
 服の力なのか、アラスカが開けはなった扉から大気が逃げ出したためなのか、ワリンジャーにも説明することはできなかった。
 シェーデレーアだけが確信していた。それが、〈殲滅服〉の秘めた力の片鱗でしかないことを――。

 〈殲滅服〉捜索の途上、カリブソは大いなる虚無からデログヴァニアへと到着した。この世界は、かれのお気に入りの場所だった。疲れたときは、いつでも〈時の泉〉をぬけてデログヴァニアを訪れるのだ。
 カリブソは東屋の前に腰を下ろすと、霧にけぶる丘のかなた、人形たちの都市を眺めやった。
 しばらくして、小屋へと入った。シルクハットを脱ぐと、道具類を机に並べる。疲れていた。諦めと落胆が、いまはいつもより激しくかれの内で広がっていた。おそれていたとおり、宇宙のいたるところに築き上げた監視制御システムは失敗に終わった。
 ただひとつの報告さえも届かなかったのだ。
 カリブソは、かれのコピーを隠し場所から取り出すと、活性化させた。しばらく、それと戯れ、言葉をかわしてから、また生命を消してもとに戻した。この行為にも次第にうんざりしつつあることは否定できなかった。
 久遠なる者の同盟への道は、永久に閉ざされているかのようだった。
 〈殲滅服〉なくしては、かれは再び同胞を見出すことはできないのだ。
 かれは小屋を離れ、都市へと下りていった。数時間のあいだ、かれは人形たちとすごして楽しんだ。
 時折、かれは自問した。このものたちの誰かが、自分たちが本来何であるのかを知ったなら、何が起こるだろうか、と。だが、かれらの世界はそんな危険が生じないほど機能的だった。ミスの発生源は存在しなかった。
 カリブソは人形たちと、飲みかつ食った。酔っているあいだは、心労をおさえこめた。
 かれは小屋にもどり、眠った。めざめたときには、気分は多少ましになっていた。息抜きはうまくいった。かれはおのれの内に宇宙の脈動を感じた。
 かれは、再び探索の途につくことに決めた。
 自分に他に何ができようか?
 かれはここに属すものではなかった。この連続体の生は、けっしてかれの心を安んじることはありえない。
 〈時の泉〉をぬけて、かれは虚無へと突入した。
 永遠をぬける放浪の道で、いくらか後になって、かれは奇妙なインパルスを感知した。まるで、監視者のひとりが連絡してきたかのように思われた。
 カリブソは心をこらし、同種の動きをどれほど小さくとも受信しうるように、精神を羽のように広げた。
 だが、もはや何もなかった。
 インパルスであれば、もっとはっきりしていたにちがいない。カリブソはそう自分に言い聞かせた。
 おそらくは勘違い、と。かれはすでに、幻覚に悩みはじめていた。
 かれは、探索をつづけた……。
―― Nr.667

「歩ったあとにはぺんぺん草1本はえないという。全滅服、殲滅服、デストロイ・スーツ、実は〈不毛服〉と訳すのがぴったりのような」
「んでも、羽毛服と聞きまちがったりするともう、もこもこ~のふさふさ~を着た仮面の怪しい人物を連想してしまいそう」
「そうでなくても充分コワイ。〈殲滅服〉ドレスアップ! アラスカ仮面」
「んで、疑問がひとつ」
「?」
「この服、いわゆるつなぎなんだけれど、なぜかちゃんと顔のところは開いている」
「アラスカがつけるのにぴったり」
「100万年を超えた昔に、いつか服を身につけるヤツが仮面をしていることを、製造者は知っていたにちがいないのだ……てか?」
「おそるべし超技術!」


断片 4 人形

 3580年、ローダンの《ソル》は、公会議の次元トンネル・エンジニア〈夜のスペシャリスト〉たちの協力をとりつけ、公会議の本拠ダッカル次元泡を通常宇宙から切り離すことに成功する。そして、故郷銀河への航行をはじめようとしたとき、それは起こった。
 《ソル》に同乗する〈夜のスペシャリスト〉たちが艦内にブラックホールを創り出し、そのなかに消えていく。そして、もうひとり、〈殲滅服〉を身につけたアラスカ・シェーデレーアを呑みこんで、ブラックホールは消えた。

 惑星デログヴァニア。
 〈泉〉を経由しての旅も、周到に配置された監視者たちをもってしてもなしえないことを、カリブソは夢の力を使って続けていた。かれの超自我を肉体から解き放ち、覚醒したまま見る夢……。
 それは、カリブソの生命力を著しく消耗する、できるなら使いたくない方法だった。しかし、もうこれしか手段がないのだ。
 一度……二度……三度……。充分な回復期間をおいて、カリブソはくりかえした。
 三度目の夢が、興味深い示唆をもたらした。かれは、またしてもテラナーのシュプールに遭遇したのだ。
 ナウパウム銀河――あれもテラナーの故郷銀河から遠く離れた島宇宙。今度はダッカル空間? そして、〈殲滅服〉のシュプールをみつけた、と思った。
 だが、夢は無慈悲にもカリブソを現実へ、肉体へと引きもどしたのだった。
 回復を待ってふたたび夢へとおもむいたとき、テラナーたちはもうそこにはいない。
 あきらめきれなかった。求めるものは、あとすこしで手の届くところにあったというのに。
 〈時知らざる者〉は閉じられた次元トンネルと、トンネルが結んでいた銀河の探索にかかった。

 意識をとりもどしたアラスカ・シェーデレーアは、自分が見知らぬ惑星にいることに気づく。
 夜。転送機障害者のすぐ横の地面には、穴があった。月明かりを頼りにのぞきこむが、何も見えない。穴の内壁さえも。さしこんだ手は、まるで消えるように見えなくなる。
 見まわすと、いくつか石像がそびえている。どこかで見たことがある――記憶をたどり、ティアワナコの石像に酷似していることを悟った。南米ボリビアの謎の巨石文明の石像に。
 小高い丘を越え、山腹を下った先に、都市があるのが遠望できる。だが、シェーデレーアにはそれが巨大な人形館のように思えた。夜の静けさ以上の、生なき静謐がおおっているかのようだった。そう、スイッチを切られた機械のような。
 尋常ならざる世界であることが、ひしひしと感じられた。
 そして、アラスカは石像のかげに横たわる死体を発見した。

 死体――ではなかった。すべての反応が停止していたが、シェーデレーアにはわかった。説明することはできないが、完璧なヒューマノイドの肉体をもつ存在は生と死のはざまの状態にある。見開かれたままの漆黒の目は夜空にむけられていた。
 この存在が、いまにも起き上がり、何か壮大なわざをなすのではないかというイメージがシェーデレーアの脳裏から離れなかった。だが、男がめざめる気配はなかった。
 都市へとつづく道で、シェーデレーアは一軒の小屋をみつけた。住人の姿はなかった。
 一夜の宿を借りようと歩みいったテラナーの目が、壁にかけられた金属片にとまった。
 ブルーに輝くその素材は、〈殲滅服〉と同じもの!
 一気に警戒心を呼び覚まされたテラナーは、注意深く小屋の探索にかかった。まもなく、かれは地下にかくされた桶を発見する。その中から、まるで糸をひかれたあやつり人形のように、1体の小人がとびだしてきた。

 不意に小人はふりかえると、流暢なインターコスモでこう言った。「あたしの名はカリブソ。デログヴァニアの人形使い」
 アラスカの目が大きく見開かれた。理解を超えていた。小人が話している。その言葉は、よく訓練されたもののようだった。
「どう…すれば……そんなことが、可能なのだ?」テラナーはどもった。「きみはわたしの言語で話している!」
 小人は不快に響く声で、
「当然じゃないか! あたしは身体の中にシンクロニゼーターを持っている。ある言語の最初の響きを聞けば、あたしはそいつを完璧に理解できるし、話せるとも」
 転送機障害者は途方にくれた。
「ここは……ここは、どこなんだ?」
「デログヴァニアさ」カリブソが答える。「もう言っただろ」
「どうやって、わたしはここに?」この存在から答えを得られるとは思えなかったが、アラスカはそう語をついだ。
「たぶん、〈時の泉〉だろうねえ」と、即座に答えがかえってきた。「異人たちは、みんな〈時の泉〉を通ってくるもんだ」
「〈時の泉〉?」理解できぬままに、アラスカはオウム返しに言った。それから、丘の下の奇妙な穴のことを思い出した。カリブソが言っているのはあれのことだろうか?
 カリブソは、まるで四肢の機能を確認するみたいに、小屋の中を行ったり来たりしている。
 アラスカは壁にかけられた物体を指さして、
「あれはきみのものか?」
「もちろん」
「どこで手に入れた?」
「〈時の泉〉をぬけた先の異世界の旅から持ち帰ったのさ」
 では、この世界にも他の惑星ないしは次元との連絡路があるのだ! それでも、アラスカは小人がうそをついているか、真実の一部をかくしているという印象をぬぐいされなかった。何かおそるべきことが進行しているのは確かなのに。それに対処できれば、とアラスカは思った。だが、そのためには何が起きているのかをつきとめなくてはならない。
「なぜきみは、こんな樽の中にいたんだ?」
「そこで寝ていたのさ」と、カリブソが断言する。
 これもまた、半分だけの真実か、とアラスカは疑いながら、「〈時の泉〉について話してくれないか」とカリブソに頼んだ。
 小人は肩をすくめた。
「あれは未知の、ずうっと昔に滅んだ文明の残りカスさ。あたしはそれを使うことを学んだんだ」
「丘の下の、石像のあいだの穴のことを言っているのか?」
「あたり!」
 きょろきょろと動きまわる小人の目が、アラスカをいらだたせた。正視するということが不可能なのだ。
「谷の都市には、誰が住んでいる?」
「あたしの人形たちが」
 アラスカはわれ知らず息をのんだ。あの都市の第一印象はまちがいではなかったのだ。それでも、かれはその答えを受け入れきれなかった。あれほど大きな都市だ。人形だけが住人などということは理解できない。もっと別の説明がつくにちがいない。
「デログヴァニアと、それからきみのことを、全部教えてくれないか。自分のいる場所について、全体像をつかみたいんだ」
「いまはだめだ!」
 アラスカは三歩で小人に達すると、つかみあげた。カリブソが生命をおびやかされたように金切り声をあげる。アラスカの手の中であばれたが、逃れることができなかった。アラスカはかれを壁におしつけると、服のパーツを指し示して、
「あれが何か、知っているか?」
「いいや!」
「ほんとうか?」アラスカは手に力をこめた。カリブソが空気をもとめてあえいだ。
「知らない! 知らないんだ!」
―― Nr.746

 カリブソは不意にシェーデレーアの手をふりきって外へ駆け出し、小人を追ったテラナーは、あの〈時の泉〉のある窪地へともどってきたことに気づいた。ようやくのことで、カリブソをみつける。
 小人は、あのヒューマノイドの肉体にまたがって、腕ほどもあるナイフをふりおろす。制止しようとしたが、間に合わない。血がとびちり……偉大に思えた存在は、ほんとうに死んだ。

 〈時知らざる者〉は、自分の肉体にもどろうとして、それが不可能なことを知った。
 かれの肉体は死んでいた。
 かれの超自我は、その光景を見ることができた。かれの人形――かれのコピーがしたこと。そして、〈殲滅服〉を着たテラナーの姿。
 服は正当な持ち主のもとへと帰ってきた。だが、その持ち主はすでに死んでいる。
 魂をもたぬ人形の羨望と嫉妬が、不用意にそれを覚醒させたテラナーのおかげで噴き出した。〈時知らざる者〉カリブソの超自我は、物質的な生を欲するなら、そのコピーである人形に宿らなければならない。

 アラスカは人形に宿ったカリブソに〈殲滅服〉を手渡した。そして、カリブソがデログヴァニアを去った後も、アラスカ・シェーデレーアは長いあいだデログヴァニアで孤独な時をすごした。
 アラスカの要望を容れて、〈時知らざる者〉は〈時の泉〉の照準をテラにあわせていった。やはり、人類の故郷にも〈時の泉〉がある。ティアワナコの石像はデログヴァニアの石像と同じ起源をもつのだ。
 アラスカがためらう理由は、〈泉〉に映るテラに、人の姿がないこと。
 〈時の泉〉は、つないだ先の時を選べない。わずかな未来、人類の消えうせた故郷へ帰るしか、人形の惑星をはなれる道はない。
 やがて、シェーデレーアは意を決して、暗い穴へと踏みこんだ。
 〈時の泉〉は消え、惑星デログヴァニアには、何も知らない人形たちだけが残された。

「それは、カリブソの生命力を著しく消耗する……てさぁ」
「おもてで裸で寝てれば風邪もひく」
「教訓――寝るときは布団で!」
「鍵はきちんとかけましょう」
「でないと、目が覚めてから死んでるのに気がついたりする」
「なんだかな~」
「そして、カリブソの超自我は人形の肉体を離れて消えた」
「アラスカに、自分が去ったらこの人形を破壊するように、と言い残して」
「岩に打ちつけられ、砕けちる人形の破片」
「だが、不思議なことに、次の登場シーンで、カリブソはちゃんと小人の肉体をもってる」
「スペア? それとも、また作った?」
「自分を殺した人形に宿るのだけが、いやだったんだね?」
「なら、カッコいい方の肉体を再生すればよかったのに、と思うのはカリブソならぬ身のわれわれで」
「カリブソは太古の約束に縛られてるわけ」
「仲間に認めてもらうまでは、ガネルクと呼ばれていたころのカッコいい肉体に戻ることはできない」
「てなところかね」


Alaska 第II部

帰結1 ガネルク

 〈時知らざる者〉カリブソは、自分の〈城〉へと帰還した。
 〈城〉――〈宇宙城〉。
 はるかな昔に、カリブソ――〈力強き者〉ガネルクはその一室でめざめた。
 かれには、別の6基の〈城〉でめざめた6人の兄弟があった。7人は〈召喚〉に応えて〈平面〉におもむき、ライレというロボットを通じて〈物質の泉〉の彼岸の勢力コスモクラートから使命をあたえられる。
 宇宙に生命と知性とを播き育てよ。
 7人は巨大な〈胞子船〉を駆って生命の種子を播き、あまたの種族を使嗾して〈知性播く星々の大群〉を建造させた。
 7人は不死。それゆえに、いつしか永劫につづく使命と任務に倦み疲れるときがおとずれ、兄弟たちはしだいに使命から目をそむけるようになった。
 ガネルクもまた本来の使命に疲れ、新たに建造した1基の〈大群〉の監視者に志願した。兄弟たちは条件つきで承諾した。〈大群〉の監視者として、ガネルクは〈力強き者〉本来の能力と素性を完全に封印しなくてはならない。だが、その代償として、〈殲滅服〉を貸与しよう――ガネルクは小人の肉体とカリブソという名前を選んだ。
 そして、〈殲滅服〉が奪われたのだ。
 とりもどすまで、兄弟たちのもとに戻ることは許されなかった。数百万年におよぶ探索の末、ようやくガネルクは帰還することができた。
 ……しかし、〈宇宙城〉に帰還したカリブソは、これ以上ないほどの失望を味わうことになる。
 〈力強き者〉の時代は、とうに過ぎ去っていたのだ。
 6人の兄弟は、もういない。
 パルトックの〈城〉には、老衰死した兄弟の骸が横たわっていた。ムルコンの〈城〉は異種生命体であふれかえり、兄弟の姿はなかった。ロルヴォルクは〈城〉を巨大な墳墓へと改造し、姿を消していた。アリオルクは発狂し、〈城〉を壮大な罠へと変えた。バルディオクの〈城〉の門には、裏切り者の刻印がきざまれていた。〈殲滅服〉を盗んだのは、バルディオク――ふしぎと、怒りはわいてこなかった。そして、7人のリーダーにして最強のケモアウクは、〈城〉を封印して去った。
 ケモアウクが死んだとは、想像できなかった。
 しかし、行方をしめす手がかりはなかった。

「ひゅぅるる~」
「寒いですね~」
「なんかめっきり寒い話になってきました~」


帰結2 ケモアウク

 失望し、うちひしがれてガネルクは自分の〈宇宙城〉に戻り、しばらくのあいだ動こうともしなかった。おのれを取り戻すため、あらゆる考えを押さえつけようとする。やっとのことで成功。
 めざめたとき、少なくとも肉体的にはリフレッシュされたと感じ、かれはおのれの生命がまだどれほどの意義を持ちうるか思案しはじめた。
 陰鬱な思い出を忘れて内なる静寂を得るためになにができるのか、と自問する。
 その問いは、数時間後かれが〈城〉のなかを落ち着きなくさまよっているときにも心のどこかにひっかかっていた。多くの区画にはこれまで足を踏み入れたこともなかったが、何ひとつとして目新しいものはなかった。かれの住まう部屋々々とどこも変わるところがない。
 つかの間かれは、誰が〈宇宙城〉を創造し、7人の〈力強き者〉たちを配置したのだろうかと考えた。
 どうであれ、かれがこの〈城〉にずっととどまることはあるまい。その部屋々々はこれまでの人生をあまりに強く思い起こさせる。新しい使命を満たすべき場所を見つけよう。もしかするとかれは、永遠に銀河と銀河のあいだをさまようよう運命づけられているのかもしれない。
 あまりに考えに沈んでいたので、もう少しで伝言を見落とすところだった。
 それは長い金属カプセルに収められ、ある区画の通路の壁にとめられていた。ガネルクはふと疑問を抱いた。このメッセージが、なぜよりによってここに残されていたのか。〈城〉の住人が訪れるか疑わしいような場所に。
 あるいはこの伝言はかれにではなく、おそらくは存在したであろう、かれの追放後の訪問者にあてたものかもしれない。
 かれはカプセルを壁から取ってふたを開けた。
 ガネルクのうちを戦慄が走りぬけた。ふたの裏にみつけたのだ。ケモアウクの刻印を。
 侏儒のようなガネルクの姿が居室に戻った。そこでカプセルの中身を取り出す。
 二重情報プレートだった。
 リーダーにかけ、スクリーンに目をやる。
 はじめちらつきしか映らず、長いあいだ放っておかれたせいで記録が消去されてしまったのかと危惧する。しかし、すぐにケモアウクの印が現れた。
 マークの下に文字が映り始める。飾り気のない書体から、ガネルクにはそれがケモアウク自身によって書かれたことが容易に知れた。
 孤独な〈時知らざる者〉は読みはじめた。
『ガネルク!
 この伝言がいつかきみに届くのかはわからぬ。きみは追放の身であり、〈殲滅服〉を取り戻すことがあろうとは正直考えられないからだ』
「みつけたよ」不意に激情にうちひしがれ、ガネルクはすすり泣いた。「〈殲滅服〉は取りもどした。だが、遅すぎた」
 それからふたたび注意をスクリーンに向ける。
『他の兄弟たちは死んだ! アリオルクは発狂し、ムルコンは異人の集団に殺された。パルトックは死すべき者としてその生涯を終え、ロルヴォルクはおのれの〈城〉に巨大な墓を作った。わたしはもうこれ以上自分の〈城〉にとどまることに意味を見出さない。〈城〉を離れることにする――永遠に』
「どこへ?」ガネルクの声がうつろに響く。「どこへ行ったのだ、ケモアウク?」
 だがそれにいらえはなかった。
 ケモアウクの伝言は別のことを語っていた。
『しかし、われらグループのひとりはまだ生きている。もしその存在形態を生と呼べるものならば。それは裏切り者バルディオク。われわれはかれの肉体を消却し追放した。かれはもう充分に苦しんだと思う。それゆえわたしは、きみが戻ってこの伝言をみつけるかどうか、運命に委ねる。バルディオクの脳が苦痛にあえいでいる惑星の座標をきみに教えよう。そこへおもむきバルディオクを殺すか否かは、きみの自由だ』
 そのあとに、ある銀河と未知の惑星の座標。
 ガネルクはそれを心に刻みこんだ。
『以上だ!』メッセージはそうしめくくられていた。『もはや言うべきことはない。〈物質の泉〉には近づくな。ケモアウク』
 ガネルクはプレートを裏返し、メッセージを繰り返させた。もう一度、そしてさらにもう一度、内容を暗記してしまうまで。
 だが、かれの望んだような暗号化された伝言を行間に見出すことはできなかった。
 ケモアウクはその失踪のわけをおのれの胸のうちにとどめ、かれ、〈時知らざる者〉のリーダーがどこへ行ったのか決して明かさぬつもりなのだ。
 〈物質の泉〉についての警告はもともと必要のないもの。ガネルクはどうすればそこにたどり着けるのかを知らず、もう一度訪れるつもりもなかった。
 バルディオク!
 異世界で苦しみ死を待ちこがれている、盗人にして裏切り者。
 まあいい! 今、ひとつの任務ができたのだ。
 かれはそれを遂行するだろう。
 つづく数週、かれは未知銀河への飛行のためあらゆる準備を整えた。その際かれの思考は絶えず遭遇の瞬間に向けられていた。バルディオクは肉体を消却されている――それが意味するのは、かれの脳髄が生命維持システムを備えたカプセルに収められているということ。おそらくバルディオクはとうに理性を失っているはず。
 ガネルクにはもう、〈殲滅服〉を盗んだ男に復讐する気はなかった。バルディオクはたっぷり苦しんだ。かれは、切望しているはずの死をガネルクの手から受けるべきなのだ。
 〈時知らざる者〉は、新たな目標に向かっての出発がほとんど待ちきれなかった。だが予定される遠征は異銀河へと通じている。準備は入念なものでなくてはならない。
 ついに準備は完了した。
 ケモアウクの伝言は抹消した。ばかげた考えではあるが、だれかがそれを読んでかれの後をつけるようなことのないように。
 それから、ちょうどケモアウクがしたように自分の〈城〉を封印した。
 自分を目的地に運ぶ飛行艇に搭乗したとき、かれは〈宇宙城〉に最後の一瞥を投げかけた。
 ここでかれは遠い昔に覚醒した。〈時知らざる者〉の同盟の一員として強大な〈胞子船〉をあやつり、多くの種族の知性拡張に貢献した。
 今、かれの人生の新たなる一章が始まったのだ。
 ことによると、任務を成し遂げてバルディオクを消去したそのときに、かれの超自我が侏儒の肉体を離れるのかもしれない。
 座席の背もたれに寄りかかり、加速を始める。
 〈宇宙城〉は後ろに取り残され、もはや探知スクリーン上のゆらめきでしかなかった。
 〈時知らざる者〉のまえには宇宙が広がっていた。
 そこから吸い込まれるように、孤独な乗客を乗せた飛行艇は永遠のなかへ墜落した。
 その目的地は、ちょうどそのときペリー・ローダンという名の人間がバルディオクの夢を共に見はじめた惑星であった……。
―― Nr.851

「摘出した脳は容器に収められ、一切の感覚を遮断されて、それでも生きておりました」
「容器の外は、木に青葉山ほととぎす花咲き乱れるぽかぽか陽気」
「なんだろうな~とか思っても、脳には知覚がない」
「それでも不死だから死ねない」
「半分イキながら、バルディオク、生きてます」
「ある日、理由はさだかでないものの、容器がガチャンと割れる」
「でろっと流れ出た脳味噌はそれでも死にきれない」
「さあ、征服だ! って?」
「うそうそ……でも、兄弟に見つからないかな、とか、あいかわらずオドオドしてる」
「なんにしても、こりないやつ」


帰結3 バルディオク

 3584年、失われたテラを探索する《ソル》のローダンは、バルディオクの化身ブロクに拉致され、連れ去られた。巨大な脳髄に覆いつくされた惑星で、テラナーはバルディオクの歴史を知る。
 〈力強き者〉バルディオクは権力を夢見た。自分の帝国を建設するために〈胞子船〉が播種した生命を利用する。そのためには、邪魔になる〈大群〉の機能を失わせ、ガネルクを無力化する必要があった。バルディオクは〈胞子船〉を隠し、〈殲滅服〉を奪い、偽神を〈大群〉に送りこむ。
 計画は途中で発覚した。裏切り者バルディオクは、脳髄を摘出されこの惑星に放置された。兄弟たちへの恐怖が、やがて脳髄を惑星の植物たちとの共生関係にいたらしめる。
 植物とともに惑星を覆いつくす脳――超知性体バルディオク。
 脳髄はいまも夢を見ている。権力の悪夢を。

 カリブソは、流刑惑星の様相に驚愕した。背信の兄弟は、悪夢に囚われ奇怪な生命形態へと変貌していた。
 それを殺すべきか、カリブソはあらためて自問する。
 そのとき、かれは惑星バルディオクに異物が存在することを知った。
 これまで幾度もいきちがい、まみえることがなかった。この道をあるきつづけるかぎり、いつかはたがいに出会うはずだった相手。
 テラナー、ペリー・ローダン。
 カリブソはバルディオクの運命をこの若い生命体に委ねることにした。

 カリブソは自分の〈城〉へ戻ろうとして、自分がもはや〈城〉を見出すことができないことを知る。気がつけば、カリブソの肉体はしだいに年老いはじめていた。
 そして、テラを取り戻したローダンは〈力強き者たち〉の謎を追いつづけることを決意する。
 バルディオクが隠した〈胞子船〉を破壊するために、〈物質の泉〉が広範囲にわたる構造振動〈宇宙震〉を吐きだす。ローダンは《バジス》で〈物質の泉〉の彼岸の勢力の謎を追い求め、〈城〉を探索する。なぜなら、〈ライレの眼〉と〈力強き者〉の7基の〈付加鍵〉によって、〈物質の泉〉は彼岸への門を開くのだから。
 カリブソは、死ぬ前に自分の存在意義を知りたかった。自分と兄弟たちは何のために存在したのか。〈物質の泉〉の彼岸の勢力に問いただしたかった。
 カリブソはテラナーたちへの協力を決意する。
 そして、自分の〈付加鍵〉を回収するためにアラスカとともにおとずれた惑星デログヴァニアが、かれの運命の地となった。
 制御をはなれた人形たちの暴動の中、カリブソは重傷を負い、倒れた。

 自分たちの時代はとうに過ぎ去った。いま、運命にしたがい、退場するのだ、とガネルクは思った。だが、テラナーたちはあきらめないだろう。〈時知らざる者〉は、若い生命たちの成功を願った。
 そして、……ケモアウク。
 兄弟たちの指導者ケモアウク、最後の〈力強き者〉ケモアウク。
 ガネルクは、ケモアウクのために運命が道を用意していることを祈った。

「そうして、カリブソはただのデログヴァニアの人形使いとして死んでいく」
「〈力強き者〉でも〈時知らざる者〉でもなく」
「超自我には寿命もなにもないのでは? とか、なんで人形の顔が年とって、しわが増えてくるの? ……あれ、もともとしわくちゃでなかったっけ? とかいう素朴な疑問を、破竹のいきおいで快進撃する浪花節展開でねじふせて、フォルツ最大のサイドストーリーがこうして幕を閉じる」
「そして、フィナーレ」
「ぐっすん」


帰結4 カリブソ

1

 人形たちの残骸をかきわけて、ついにドーム建築の前に立つと、かれの決断力は打ち砕かれた。奇妙なことに気力が萎えてしまったのだ。周囲の壊れた人形たちが、心の奥底をゆさぶる、絶望の声なき叫びをあげているようだった。アラスカは自分の感情の制御に苦労した。
 ドームは入口というものを持たぬかに見えた。外殻はなめらかで、継ぎ目はなし。
『〈鍵〉だ』!シェーデレーアはやっとのことでそう思考した。『わたしは〈付加鍵〉をさがしにきたのだ』
 ドームのまわりをさまよいだしたかれは、人形のパーツをかきわけていくはめになった。やっとのことで、壁の色がちがい、メカニズムの一種が認められる場所にたどりつく。
 調べてみると、〈光胞〉に用いられている技術と似通っていることがわかった。機能が判明してほっとする。自分の動きが鈍重に思えた。何かが、かれの体と意識にのしかかっているみたいだ。両手で異質な機械をさぐり、慎重に動かしてみる。三度目の試みで成功。目の前で長方形のドアが開かれた。低すぎて、かがまなくては通れない。天井近くに浮かぶ発光体が照らし出す、ひんやりした空間に脚を踏み入れる。アラスカは、未知の機械のついたいくつかの台座をみつけた。そのはざまに、一体の人形の残骸が横たわっていた。転送機障害者は、それがカリブソであることを確認して戦慄を感じた。
 これを、いったい誰がここまで運んだのか?
 頭部はテラナーからわずか数歩のところにあった。しわ深い顔の中の目は大きく見開かれ、アラスカを凝視するかのようだったが、生命は宿っていなかった。
「ガネルク!」テラナーは囁いた。
 動くものはなかった。このぶきみな場所をいますぐ離れられたら、とアラスカは願った。カリブソの人形は無視して、台座を調べはじめる。ふたつめで、ガネルクの〈付加鍵〉を発見。それは台座のわきの原始的な支持具にかけられていた。ためらいがちに、バレル形の物体をとめがねから外し、コンビネーションのポケットにつっこむ。ドーム内の静寂に圧倒されそうだった。もっとちがった状況であれば、他の設備を調査する時間をとっただろうが、アラスカは何かに追われるようにドームを後にした。
 そうして、人形たちが目に入った。
 かれらは何千と集まって、ドームをぐるりと囲んでいた。立っているものも、座っているのもいた。場所がないので周囲の建物の屋根に登っているものさえあった。かれらがたがいに手をとりあい、そうして閉じた環を描いているのが、アラスカの目にとまった。
 物音ひとつ聞こえない。
 人形たちは、アラスカと〈光胞〉の中間に集まっており、道はふさがっていた。
「何が望みだ?」アラスカは呼ばわった。「なぜここへ?」
 人形たちは答えなかった。個々ではなく、閉じられた総体と対峙している気がする。
「使命は果たされた。これからわたしはデログヴァニアを立ち去る」
 かれは〈付加鍵〉をポケットから取り出し、すべての人形に見えるよう高くかかげた。
「このために、ガネルクとわたしは来たのだ!」
 不意に、すべての人形が同時にしゃべりはじめた。かれらの声は、まるでひとつもののようで、それがこの瞬間、ただひとつのアイデンティティに代わって話していることに、アラスカは気づいた――ガネルクだ。
 いま語るのは、かつての〈力強き者〉。いまわかった。ガネルクはこのために人形たちを一堂に会させたのだということが。自分がふたつとないできごとを体験していることを、アラスカは確信した。
「アラスカ」人形たちのそう語る声は、力強いコーラスのように響いた。「別れの時が来た」
 細胞活性装置をもつ男は、石になったように立ちつくしていた。
「残念だ、すべてがこうなってしまって」と、のろのろと言う。「まだまだ、ガネルク、あなたの助けが必要だったのに。〈殲滅服〉を失ったことも痛手だ」
「わかるとも」と、人形たちのコーラスが答える。「しかし、わたしは、かつてデログヴァニアの孤独の中で作り上げたものに責任があるのだ。当時わたしと兄弟たちを、コスモクラートの使命を越えて動かしめたものは、うぬぼれと、あやまてる野心だった。すなおに退場できなかったことが、最後には命取りとなったのだが」
「コスモクラート」アラスカは人形たちの言葉をとらえて、「かれらは何もので、何を欲しているのだろう?」
「わからぬ」が返答だった。「ただ、これだけは確実。かれらはある特定の目的を追求しており、その際、〈物質の泉〉の此岸の超知性体の幾らかとも協力関係にある」
「われわれ、目標に到達して〈物質の泉〉をみつけることができるだろうか」
「それも確実に思える」人形たちの声でガネルクが答える。「だが、彼岸への道は、きみたちの大半にとり、ローヴァーや他の知性体にとってと同様、閉ざされているだろう」
「ライレの眼と、すべての付加鍵を手中におさめても?」
「わたしは予言者ではない。しかし、予感があるのだ。きみの種族の誰かが彼岸へといたるだろう。それも、コスモクラートの利益となる重大な使命を遂行する、ただそのために」
「まだ訊きたいことがある」アラスカはせかせかと言った。あとどのくらいガネルクが人形たちの統合を維持できるものかわからなかった。もしかしたら、次の瞬間にも何もかもが過ぎ去り、人形たちはふたたびガネルクのなにがしかを宿した個々にもどってしまうかも。
「〈時の泉〉へゆけ!」人形たちが命じた。「もう一度、光をとりもどすはず。いまとなっては、きみにしてやれるのはそれだけだ」
 アラスカの心は千々に乱れた。千もの問いかけが舌の上で燃えているのに、そのひとつとして形にすることができない。時の過ぎ去ってしまったことを、かれは知った。
「さらば!」人形たちが叫んだ。
 かれらがたがいを解き放ち、それ以上かれを気にとめもせずに、のろのろと思い思いの方向へ歩み去っていくのを、アラスカは見た。
「ガネルク!」そう呼びかけても、人形たちはふりむくことすらしなかった。
 アラスカも、壊れた人形たちを乗り越えて、〈光胞〉へと歩きだした。

2

 都市郊外の山腹に〈光胞〉で着陸にかかるより早く、すでにアラスカは、光をなくした〈時の泉〉がそこかしこで活性化されているのを見てとれた。遙か遠みから輝きを燈したような、形のさだまらぬ孔がそこに描きだされていた。遅すぎたのでは、という想像にアラスカはかられた。焦るあまり着陸が性急にすぎ、〈光胞〉はデコボコした地面を数メートルにわたって滑ったあげく、ようやく鎮まった。
 活性装置携行者は〈光胞〉を飛び出し、泉へ急いだ。〈時の泉〉がいま現在の状況で搬送手段として利用できるかは疑わしかったが、シェーデレーアにはそのつもりもなかった。のぞきこむだけでいいのだ。もし、まだ何かが見えようものならば、だが。
 アラスカは平らかな窪地にまろびこみ、たどりついた最初の孔の前に膝まづいた。まるである種の格子を通して見ているような感じは、時空をぬける回廊が安定していない確証。ゆがんだ映像に慣れるまで、アラスカはしばし時間を要したが、それからいくつかのものが、皮をむいたようによく認識できるようになる。まず、ひとつの銀河の外郭が見えた。それが故郷銀河であることはたしかに信じられた。映像に沈みこむ印象が強まる。すぐにアラスカは委細を見てとれた。すべての恒星系を隔離せんとする、楔形の宇宙船の大艦隊をみつけて驚愕する。それがテラの艦船でないことはまちがいない。ああいう船を使う種族を、アラスカは銀河系の中には知らなかった。すべてが侵略を思わせた。
 このすべては、いま、この瞬間に銀河系で起きていることなのか?
 ローヴァーだろうか。あれが、かれらの船ということはありえるだろうか?
 アラスカはそれにも疑念を感じた。《バジス》乗員たちは、ローヴァーの〈泉主〉パンカ・スクリンから、ローヴァー艦の克明な描写を入手していた。
 シェーデレーアが思案しているうちに、〈泉〉の孔中の格子はより密になり、細部はまったく知覚できなくなった。アラスカはとびあがって、活性化した次の場所に走った。ここでは格子は、まだのぞきこめるくらい広かった。
 いくつかのディスク状の飛行体の活動を、驚きつつ確認する。それは、〈宇宙城〉の中で解体コマンドが使用していた船。しかし、アラスカが〈時の泉〉の孔を通して見た艦船は、明らかに銀河系での作戦中で、エルランテルノーレではなかった。アラスカにとり、この映像は謎だった。伝説的な〈空飛ぶ円盤〉に似た宇宙船は、どうやって銀河系に現われ、そこで何をしているのだろうか?
 解体コマンドがコスモクラートの委託をうけて行動しているという前提に立てば――そしてアラスカはそれを確信していたが――、〈物質の泉〉の彼岸の勢力が、なぜその協力者を銀河系へ派遣したのかという疑問が生ずる。
 アラスカはいくつかの回答を思いついたが、どれも心休まるものではなかった。悪い予感が見当外れであることを、かれは願った。
 不意に地球の映像があらわれた。そして、この星域でも空飛ぶ円盤たちは作戦中だった。孤独な観察者がそれを子細に分析するより先に、格子が密に映像の上に広がった。
 アラスカは立ち上がった。いまでは〈時の泉〉の、ほとんどすべての孔がふたたび光を失っており、ただひとつ数メートル離れた場所に、転送機障害者は暗赤色に輝くギザギザの孔をみつけた。かれはそこへと走ったが、たどりつく前にすでに輝きは失われてしまった。〈時の泉〉は凝結し、数秒かそこら後には、何カ所かで燃え上がっていたことを暗示するものさえなかった。
 シェーデレーアは、のろのろと窪地を歩いた。無機物と化した時間の上をゆくと意識することが、かれを重苦しい気持ちにさせた。目撃した映像が強く心に残った。それらに有効な報せなぞ望めないとわかってはいたのだが。
 つまるところ、すべてのつながりは闇の中だ。
 アラスカは〈光胞〉に乗りこむと、スタートした。目標をプログラムする――エルランテルノーレ銀河。不慮の事態が生じないかぎり、かれはそこで《バジス》に合流し、第五の〈付加鍵〉を供出するのだ。
 〈鍵〉を取り出すと、シートのわきに置く。
 かれはこれまで、〈付加鍵〉のひとつごとが〈物質の泉〉に一歩近づくことを意味すると信じてきた。デログヴァニアでの体験の後では、しかし、それを疑わずにはいられなかった。
 シートにもたれかかると、不快なマスクを外す。カピン片は静まりかえっている。
 〈光胞〉の透明なハッチを通して、アラスカは宇宙を臨むことができた。底無しの奈落へ転落していく心持ちは、まさに近い未来に人類を待ち受けているものを象徴しているかのようであった。

3

 朝、厚いもやのヴェールがはらわれて、5つの月の光がデログヴァニアの太陽のそれに場を譲ると、人形たちは家を出てさまざまな作業に従事する。都市はかれらの故郷。小川にはふたたび多くの小舟がゆきかい、山腹には彫像群が労力をはらって再建される。
 年に一度、世界が雪に覆われると、すべての人形が、光を失った〈時の泉〉へと登ってくる。かれらは大きな円を描いて立ち、たがいに手をとりあう。ひそかに観察している者があれば、この人形たちが暗い窪地の中を凝視していると思うだろう。ときおり、〈泉〉の中央が弱々しく輝きはじめるかに見える。
 すると、人形たちはにじりより、まるでひとつの存在であるように、声をあげる。それから、こう呼ばわるのだ。
「ケモアウク! ケモアウク!」と。
 風が呼び声を、山腹の斜面を越え、都市の屋根々々を越えて運ぶ。いらえのないままに。年ごとにこの呼び声は響き、そのつど、少しだけはかなく、哀しげになっていく。
 しばらくそうしてから、集いはまた解散し、都市へともどるべく山腹を下る。
 デログヴァニアは、ある小銀河の渦状腕のどれからもはずれたところにある、孤独な惑星。この星が、いつか星間航行文明によって発見され、訪問をうける確率は、まったく話にならないくらい低かった。
 ときに、人形たちの一体が、都市を去り、小川へ赴く。内なる衝動にしたがうように入水し、沈み溺れるまで進みつづける。こうして、ゆっくりと都市の人口は減っていく。この世界には後を継ぐ世代というものが存在しなかったから。
 いつの日か、この奇妙な文明の最後の人形が、〈時の泉〉を訪れ、最後にケモアウクの名を呼ぶ様を想いえがくのも、まんざら幻想というわけでもあるまい。そのあとで、その人形もまた小川への道を歩み、そうして、時は人形たちの存在の最後の証たる都市をもゆっくりと消し去っていくのだ。
 あるいは、遠い未来には、進化がデログヴァニアに土着の文明を生み出すこともあるかもしれない。その子供たちは、光をなくした〈時の泉〉に遊び、かつては顔を持っていた巨石によじのぼるのだ。
―― Nr.944

ENDE


Callibso - Der Puppenspieler von Derogwanien / デログヴァニアの人形使い
――from Private Cosmos 16
1997/5/15 r.psytoh with y.wakabayashi
produced by rlmdi.