rlmdi.
| ペリー・ローダン |

ES それ ――ある超知性体の歴史

Perry Rhodan-Heft Nr. 2000 ストーリー・ダイジェスト
2001 r.psytoh / 西塔玲二
- 監修 / y.wakabayashi


■ トレゴン創設は果たされた
■ ダ・グラウシュの〈窯〉を安定させた6体の超知性体は〈鼓動〉で、秩序とも混沌とも訣別した新たな勢力を形成した
■ しかし、輝かしい未来をその手につかむのも、コスモクラート・ヒスモームが予言した〈戦乱の千年紀〉に滅び去るも――すべては、テラナーをはじめとする種族たちの手に委ねられている

ペリー・ローダンを訪れた使者は、はるか過去に遡る歴史を物語る
人類と長い道のりをともにしてきた導師の物語を……


I ト レ ゴ ン / Thoregon

 〈無限への架け橋〉は、幾多の銀河をむすぶ超空間の橋。門のひとつは、火星に――いまは、惑星トロカンにある。ひとつは、プランタグー銀河の惑星ガローンに。ひとつは、超空間泡〈バオリン・デルタ空間〉に。ゴルホーン銀河で種族ノンッゴが築いた人工の大地〈ケントイレン〉に。チェアルス銀河の惑星タガルムに。ゲシュタルター種族の故郷カラコーム銀河に。そして、太古より、これら各地の種族の運命をさだめる巨大な計画〈トレゴン〉が進行していた。
 〈トレゴン〉連合の成立阻止の任をうけたシャバッザは、〈トレゴン評議会〉と各地の種族をむすぶ〈使徒〉たちを謀殺し、同時に種族たちの壊滅をもくろむ。
 ひとりの〈使徒〉が、シャバッザの脅威を、まだ見ぬ〈トレゴン種族〉テラナーに伝える途上、生命をおとした。遺志は、ひとりの宙賊にゆがんだ形で受継がれ、〈無限への架け橋〉を渡り、惑星トロカンに達した。
 1222年9月15日、惑星トロカンに災厄がおきる――無人の惑星は〈トレゴン〉超技術の時間加速場に包まれ、宙賊の救難信号に応じて新たな生命を進化させていく……。

 ローダン、アトランと友人たち――〈細胞活性装置〉を携行する不死者たちの英知は、銀河系の財産。モノス支配後の復興を喜ぶ銀河系の種族たちはそう信じてきた。
 しかし、いま人々は、不死者たちが信頼に不遜をもって応えた、と感じていた。本来あるべき場所を捨て、自己本位な〈ヴォイド〉遠征に参加。銀河系にアプルーゼの危機を呼びこみ、火星のかわりに時間加速場に包まれた危険な惑星トロカンをソル系にもちこんだ――そう、感じていた。
 〈自由テラナー連盟〉は、ローダンを排斥し、〈宇宙ハンザ同盟〉の残余を解体する。〈アルコン水晶帝国〉に呼称をあらためたアルコン人の帝国は、アトランに反逆者の汚名をきせ、M-13球状星団から銀河系渦状肢への拡大を志向する。
 銀河系の二大勢力の軍拡競争――その果てにあるのは、破滅だけ。
 この流れの前に自分たちが無力であることを、不死者たちは悟っていた。そして、しばらく、かれらは銀河系の表舞台から姿を消す。
 ただ、不死者たちが創設した秘密組織キャメロットが、銀河系を側面から見守りつづけた。

 新銀河暦1288年、惑星トロカンの時間加速場消滅の報をうけて、ローダンはふたたび銀河系の歴史に介入する。それと知らぬまま、太古から用意された〈トレゴン計画〉の〈使徒〉の候補として、惑星トロカンの門をひらき、〈無限への架け橋〉を渡る。
 ローダンが〈無限への架け橋〉のかなたへ消えた直後、シャバッザに誘導された災厄〈トルカンダー〉が銀河系に侵攻。太陽系に派遣された〈トレゴン〉連合の施設〈ヘリオートスの堡塁〉はテロに見舞われ暴走した。たてつづけに銀河系を襲う危機に、銀河系に残るアトランと友たちは奔走する。
 〈無限への架け橋〉のかなたでは、ローダンが〈トレゴン〉連合の種族たち、ガローン人とノンッゴを滅亡から救い、バオリン=ヌダ最後の生存者に出会う。ローダンは〈トレゴン〉の謎を解き、また、故郷を救うために、〈トレゴンの使徒〉に就任。使命をおびてダ・グラウシュ銀河に出向き、シャバッザの旗艦となりはてたかつてのテラナーの巨船《ソル》を奪回。シャバッザを〈トレゴン〉殲滅の任につけた超技術の巨大施設《マテリア》と銀河系で交戦。超知性体〈それ〉と連携して、撃沈に成功する。
 アトランは、〈トレゴン〉連合の銀河のひとつチェアルスの救援要請に応じ、支援におもむく。そして、それと知らず、太古からの計画にしたがい、〈トレゴン〉連合がかつてチェアルス銀河に封印した、高エネルギー摂食存在〈グァン・ア・ヴァー〉を、ダ・グラウシュ銀河にもたらす。
 ダ・グラウシュ銀河に、〈トレゴン〉の6銀河の超知性体6体――〈トレゴン評議会〉――が集う。ダ・グラウシュ銀河と近接銀河の交点の特異宙域〈ボイラー〉に、〈鼓動〉を安定させるために。
 〈トレゴン〉とは、超知性体6体が、特異宙域〈ボイラー〉中心に〈鼓動〉を安定させようとするこころみ――超知性体6体は、〈無限への架け橋〉の巨大な門と高エネルギー摂食存在〈グァン・ア・ヴァー〉で宙域のエネルギーを制御し、〈鼓動〉を永遠のものとする。
 〈鼓動〉とは、いかなる量子も生成しない〈絶対真空〉――ここでは、コスモクラートや〈混沌の勢力〉がこの宇宙に干渉するために必須の〈究極素〉が存在することはない。
 〈トレゴン〉とは、超知性体6体が、コスモクラートにも〈混沌の勢力〉にも干渉されず、真に自由に生きるためのこころみなのだ、という。
 〈究極素〉製造工場《マテリア》は、コスモクラートから〈トレゴン〉阻止を命じられ、失敗した。だが、つづいて送りこまれた6基の〈コスモ・ファブリク〉は、超知性体が不在の6銀河を制圧。テラの首都テラニアも灰燼に帰する。さらに、コスモクラート・ヒスモーム指揮下の2基の〈コスモ・ファブリク〉と大艦隊が特異宙域〈ボイラー〉を包囲する。

 超知性体〈それ〉は、ローダンにすべてを賭けた。
 〈コスモ・ファブリク〉に蹂躙される〈トレゴン〉連合の6銀河、ダ・グラウシュ銀河、6体の超知性体、《ソル》で新たに生まれようとしているわが子――すべての命運をかけて、ローダンは、単身、コスモクラート・ヒスモームとの交渉にのぞむ。
 そして、成果をえた―― 〈トレゴン〉連合は〈鼓動〉を拡張せず、次なる〈トレゴン〉を試みない。そのかぎりにおいて、以後、コスモクラートと〈混沌の勢力〉が6銀河とダ・グラウシュ銀河に干渉することはない。
 だが、ローダンの心には、コスモクラート・ヒスモームの最後の言葉がくすぶりつづけていた――コスモクラートが手を下すまでもなく、やがておとずれる「戦乱の千年紀」のなかで〈トレゴン〉の諸銀河は滅び去るだろう、というのだ……。

新銀河暦 1222-1291年 Perry Rhodan-Heft 1800-1999


II そ れ / ES

1 青き金髪の民
/ Das blaue Blond

 太古、どこともしれない銀河で――

 ムンの4級戦士レザッガは、青き民の血にまみれた装甲服で、惑星ジョヴィンハルの廃墟を進んでいた。暮れゆく地平に花火のようにまたたく火花は、いまなおつづく爆発の連鎖反応。
 敵を――青き金髪の民を戮滅するまで、この戦いはつづく。
 核バーナーを肩に負い、インパルス銃を腰に帯びて、レザッガは前進する。マルチ弾帯のストックはもうすぐ尽きる。装甲服の探知機も故障して久しい。遺憾ながら、かれ自身の身体能力に頼るしかない。
 それでも、青き金髪の体臭は間違えようもなかった。
 崩れた塀のかげに、ろくに服もつけないありさまで、それはふるえていた。
 青い肌に細い金髪、華奢な手足の、いまにも折れそうなその姿は、見るものに憐憫の情と保護欲をかきたてるという――だが、ムンの4級戦士レザッガ相手に、それは通用しない。
 敵……!
 攻撃衝動が血管をつたい全身に広がる。レザッガは怒りの叫びをあげ、第二の顔――〈戦闘の顔〉が後頭部からとってかわった。
 バーナーもインパルス銃もかなぐり捨て、ベルトから振動ナイフを引き抜くと、レザッガは獲物にとびかかっていった――。
 ……青き金髪の息の根をとめたとき、レザッガは奇妙なできごとを目撃する。
 敵が、まるで宝を護るように抱きしめていた両手から、一匹の蝶が舞い上がったのだ。しかも、天高く舞い踊りつつ、蝶は次第にその大きさを増していくではないか。
 核バーナーの猛射も、謎の蝶を傷つけることはできなかった。蝶は、いわゆる通常の物質 ではなかったのだ。
 拡大するにつれ、蝶は透けるように現実感をうしない、やがて、天空を覆いつくして幻のようにかき消えた……。

――超知性体〈それ〉の歴史:
新銀河暦1291年12月、ロト・ケレーテが語る


2 地球への帰郷
/ Heimkehr auf die Erde

 自由テラナー連盟の中枢世界、テラ。
 その首都テラニアの中央部は、いまなお瓦礫の山。
 〈物質のしもべ〉ラミヒュンのコスモ・ファブリク《ウェイヴ》が破壊した、ハンザ司令部。第一テラナー、パオラ・ダシュマガンをはじめとして、自由テラナー連盟政府首脳の大半が、かつてインペリウム・アルファと呼ばれた地下施設と運命をともにした。
 近く開催される選挙で、人類は指導者を新たに決定する必要があった。
 廃墟を前に立つテラナー……ペリー・ローダンは、出馬の決意を固めていた。人類がかれの出馬にどんな反応を示すかはわからない。あるいは、かつてテラを去り、キャメロットを創設した時のように、手ひどい拒絶を味わうことになるかもしれない。
 それでも、かれもまたテラナーであり、ここはかれの故郷なのだ。

 雨のそぼ降る宇宙港。
 ローダンは、いましもイーストサイドから帰還したばかりの自由テラナー連盟大使、マウレンツィ・カーティツと挨拶をかわした。
 白髪、白髭をたくわえた老人は、いくつかの連立党から第一テラナー選挙への立候補を要請されていた。しかし、陣営のリサーチでは、トレゴン第6使徒たるローダンが実際に出馬すれば、最有力候補と目されるカーティツでさえ、10%の得票すらおぼつかないという。
 それゆえ、前任の駐ガタス大使は、ローダンと共闘路線をとるために、ひとつの提案をたずさえて訪れたのだ。青写真では、第一テラナーはより象徴的な国家元首の位置へとしりぞき、日常の政務は、これまで臨時職であった自由テラナー連盟全権委員を改称して当てることになる――その実務担当者として、マウレンツィ・カーティツは不死なるテラナーこそ適任と考えているのだ。
 ローダンは、わずかな逡巡の後、この提案をうけいれた。

 新銀河暦1291年12月、ルナ。開票速報が流れる。
 マウレンツィ・カーティツは、得票3分の2という圧倒的多数で勝利した。
 祝賀会の席で、かれの新政府構想は正式に発表され、ペリー・ローダンが新設ポスト〈政庁主席〉に就任するというニュースも、喝采をもってむかえられた。
 3000年を生きた不死者は、いままた、故郷へ還ってきたのだ。

 祝賀会の控室でローダンは、ホーマー・G・アダムスとモンキーに、キャメロット解散の意志を伝える。テラナーを導く立場に返り咲いたいま、かつて人類と銀河系に対する絶望と憂慮が生み出した組織を存続させることは、よけいな猜疑の種をまくものでしかない。
 アダムスとモンキーは表向きは悄然とその指示をうけいれた。だが、このときふたりのあいだに交わされたひそかな目配せに、ローダンは気づいていない。

 霧にけぶるゴシュン湖畔。
 ペリー・ローダンはひとりの客をむかえる。
 ダ・グラウシュの〈鼓動〉に身をひそめた〈それ〉が遣わした〈メタル・マン〉ロト・ケレーテ。
 超知性体の代理人は、ある物語を語るために訪れたのだ。
 かつて、人工惑星ワンダラーをはじめて訪れて以来、ローダンのさがしもとめてやまなかった問いへの答えを与えるために。
 〈メタル・マン〉が不意に身をかがめ、草の中から一匹の蝶をつまみあげた。
 そっと手をはなすと、蝶はひらひらと舞いはじめた。

 そうして、ロト・ケレーテは語りはじめる。
 超知性体〈それ〉の歴史を――


3 蝶の島
/ Die Insel der Schmetterlinge

 アーン・ヴィスペロンが到着した星は、蝶が群れとぶ未開惑星だった。
 戦乱に満ちみちたアマンドゥル銀河の中で、不可解な平和と秩序が支配する、直径1000光年の宙域。その中心に位置する主系列星の、10個のうち3番目の惑星。
 55万光年離れた小銀河ラクサロンの種族ヴォヤル人は、周辺種族が畏怖し忌避するこの星系にステーションを建造し、調査にあたっていた。これまでのところ、未知の技術施設も、存在を潜めた太古種族も、なにひとつみつかってはいなかった。
 異種生物学者レ・ブリスポレーらのチームが、アーン・ヴィスペロンを招いたのは、現住種族に見受けられる強い知性化傾向が原因だった。いまだ知性体というにはほど遠い、森に住む類人猿の集団が、知能テストで異常ともいえる好成績をしめしたのだ。
 これまで調査の過程で注意深く避けられてきた、類人猿の領域――森の奥深くへと侵入し、かれらの生存圏での接触を試みたアーン・ヴィスペロンは、調査員たちによって〈ルゥ〉と名付けられた類人猿の目に、強い知性の輝きを見る。それどころか、ヴォヤル人のこころにテレパシーの問いかけが届いたのだ。
 まさか、この進化レベルのけだものが――狼狽するアーン・ヴィスペロンの精神の中で、何者かの哄笑が轟いた。
 この惑星は、目にみえない精神存在のすみかだったのだ!
 ルゥの額にとまっていた一匹の蝶……。この惑星にあきれるほど無数に生息していながら、この森にはまるで姿のみえなかった羽虫が、かよわく羽ばたきながら、アーン・ヴィスペロンの額へと舞い降りた。
〈きみたちヴォヤル人が、わが呼びかけにしたがってこの星を訪れたことを後悔はさせない、アーン・ヴィスペロン〉
 声が――蝶の?――ヴォヤル人のこころに形をなした。
 自分たちがこの惑星にステーションを築いたのは偶然ではなかった。いわば未知存在の掌中にあって、ヴォヤル人が行動していたことに、アーン・ヴィスペロンは気づかされた。
〈あなたは何者?〉アーン・ヴィスペロンは思考で訊ねた。
〈わたしは……〉

 その精神存在は、長いながいあいだ、宇宙を放浪してきた。
 新たな故郷をもとめて。たいていの場所は、仮の宿にすぎなかった。
 ある時、放浪者は強力な宇宙力場に心ひかれるのを感じた。
 たどりついたのは、直径が10万光年程度の、ごくありふれた渦状銀河。そして10の惑星をもつ、ごく普通の黄色恒星。しかし、その第3惑星は6次元では輝く宝玉のように見えた。
 放浪者はこの惑星に居をさだめ、平和と秩序のオアシスを築き上げていった。
 そのエリアでは、死後、肉体をはなれた意識は放浪者に吸収され、その力を強化していった。
 放浪者はあまたの種族を導いたが、おのが存在を明らかにすることはなかった。かれはつねに、事態の背景にかくれたファクターでありつづけた。
 しかし、勢力エリアの維持拡大のために、放浪者の手となり足となって活動する種族が必要になった。放浪者の望む平和を理解し、その実現を助けうる精神的成熟の段階に達した種族との協力関係が、早急にもとめられた。
 戦争に明け暮れるアマンドゥル銀河の種族の多くは、話にもならない。平和のオアシスの中で発展をつづける種族たちの中にも、いまだ放浪者の要求を満たしうるものはなかった。
 放浪者は探索の手を周辺の島宇宙へものばし……ヴォヤル人を見出したのだ。

 アーン・ヴィスペロンは故郷惑星アムブールへと帰還し、種族の賢人たちが集う〈球状聖堂〉で、放浪者の要請をつたえた。
 賢人たちは、当然のこととして疑念をいだいた。かの精神存在を真にポジティヴなものとみなしてよいものか? この疑問に対する回答は、〈球状聖堂〉をゆるがす怒りだった。アムブールをつつんだエネルギーの混沌は、やがて星系全域を覆う渦状銀河のヴィジョンへと変わり――ヴォヤル人のこころに声が轟いた。
〈虫けらにも等しい分際で、わたしを試そうというのか? わたしは、おまえたちを、存在の証すら残さず消し去ることもできるのだぞ〉
 一瞬の、間。だが、それに続く言葉は、まるで異なるイメージをもって、ヴォヤル人に語りかけた。
〈けれど、わたしはきみたちを許そう。多くのポジティヴな資質を有するきみたちは、わが補助種族としてはるかな高みへとのぼることができるのだ〉
 ヴォヤル人は、なぜかは知らず、この第二の側面こそ放浪者の本質であると、感じ、また信じ、種族をあげて仕えることを決断する。

 やがて、死期をむかえたアーン・ヴィスペロンは、死の瞬間、自分の精神が蝶となって肉体を離れるのを見た。〈それ〉――ヴォヤル人は放浪者をこう呼んだ――は、アーン・ヴィスペロンを死すべきものとの仲介者として選んだのだ。
 アーン・ヴィスペロンは、これまで予感すらしなかった宇宙の実像を目のあたりにする。宇宙のモラル・コードの二重螺旋を。プシオン場コスモヌクレオチドを。そして、進化のたまねぎモデルを。
 〈それ〉がまもなく超知性体のレベルに到達せんとしていることを、アーン・ヴィスペロンは悟る。だが、同時に、放浪者が内なる問題を抱えていることも、明らかだった。
 かつてアムブールでの最初の接触以来、〈それ〉の二面性が指摘されてきた。幾歳月を放浪者のメッセンジャーとしてすごすうちに、アーン・ヴィスペロンは、〈それ〉のうちにあまり表面にあらわれない別の意識が存在することを知る。女性メンタリティを有するその部分は、〈エスタルトゥ〉という固有名をもっていた。
 それが、かつてアムブールをふるわせた怒りの側面なのか? 回答は、まもなく災いのかたちをとって訪れた。

 島に蔓延した疫病のため、舞い踊る蝶の姿はほとんど見られなくなった。
 呼応するかのように、ルゥの子孫である半知性体が獰猛化し、殺しあいをはじめる。蝶の島におかれた監視ステーションのヴォヤル人たちには、なすすべもない。凶行におよぶ半知性体を麻痺させるぐらいでは、問題の根本的解決にはならない。
 途方にくれるヴォヤル人の脳裏に、〈それ〉の哄笑が響きわたった。しかし、つづく言葉は、忠実な人々を仰天させるものだった。
〈楽園をあたえ、進化の高みへ導こうとするわが寵愛への、この応えは許しがたい。恥ずべきものどもを根絶やしにせよ、ヴォヤル人よ!〉
 ステーション司令であったエジン・ゴラルサは、熟慮のすえに、これがひとつのテストであると結論づけた。ヴォヤル人が、命令に盲目的にしたがうだけの人形なのか、あるいは真に〈それ〉のめざす平和を理解した者なのか、試されている、と。
 半知性体をそれまでとかわらず「患者」とみなすよう指示を出したエジン・ゴラルサは、たちどころに不服従の罰をうけた。天空から落ちた稲妻が、一瞬にして司令の生命を奪ったのだ。だが、まもなく半知性体たちは平穏をとりもどし、疫病が去るとともに島には蝶の姿が還ってきた。
 何がおきたのか理解できないヴォヤル人たちを来訪したアーン・ヴィスペロンは、〈それ〉の内にひそむ第三の力――ネガティヴ意識部分の存在を明かす。そして、時として表にあらわれるネガティヴ部分を除くために、〈それ〉は、超知性体への飛躍しかない、と考えていることを。しかし、その進歩には、ヴォヤル人の精神ポテンシャルのすべてが必要となるだろう。
 ヴォヤル人の指導者たちは、沈黙のすえに、こう回答した。
「〈それ〉のため、われらのすべてを捧げよう」

 アーン・ヴィスペロンは、超知性体の誕生というできごとを、もっと壮大なものだと想像していた。島宇宙まるごとを、宇宙の烽火のように輝かせる何かを。
 およそ何が起こったのか、実際のところを見て理解することは、まず不可能だろう。小銀河ラクサロンのすべてが、それに参加していた。ラクサロンを満たしたパラメンタル振動は、まごうかたなき証であり、あらゆる動物はおろか、植物すらもそれを感知していた。
 だが、モラル・コードのメッセンジャーが伝える情報に触れ、変化を体験したのは、ただヴォヤル人のみであった。アーン・ヴィスペロンの同胞たちの透き通った肉体は、薄い5次元水晶の膜へと変わった。惑星に縛られた存在から、宇宙の力場を感知し、ハイパーエネルギーを糧とし、その身ひとつで宇宙空間を放浪するもの――後に〈ノクターン〉と呼ばれる生命体へ、ヴォヤル人は著しい変貌をとげた。
 その変貌は、かれらの精神ポテンシャルを触媒として超知性体への飛躍をなしとげた〈それ〉からの贈り物であった。ヴォヤル人という種族の意識の底にねむる憧憬を、超知性体は奉仕の報酬として実現したのだ。
 ヴォヤル人――後の歴史はかれらを『〈それ〉の誕生協力者』と記すだろう。

 アーン・ヴィスペロンは、さらに、かれらの母星アムブールが、荒々しい力につかまれて、まっぷたつに裂かれるのを見た。
 アムブールの半分は、将来〈それ〉の居城、力の球形体の精神的中心となるだろう。惑星の残る半分をエネルギー化して、アムブール半球はアマンドゥル銀河を周回する長楕円軌道に移送された。
 すべては成功裏に終了したかに見えた。
 だが、年代記作者たるアーン・ヴィスペロンは、超知性体の初期化プロセスが、予期していた効果をもたらさなかった事実をも、記さねばならなかった。
 ネガティヴ意識は、依然として〈それ〉の内にとどまっていたのだ。

――超知性体〈それ〉の歴史:
新銀河暦1295年6月、ロト・ケレーテが語る


4 太陽系政庁
/ Die Solare Residenz

 トレゴン憲章――
1. トレゴンは加盟者の生命と文化を守る。
2. 個は総体と等価値。上位の目的のため、個々の安寧が犠牲にされることがあってはならない。
3. トレゴンは平和のために闘う。
 新銀河暦1291年4月のトレゴンの〈創設〉以来、連合の7つの銀河――カラコーム、プランタグー、シャオゲン天界、ゴルホーン、チェアルス、銀河系、そしてダ・グラウシュ――において、この理念は発効したといっていいだろう。もっとも、いまなおトレゴン連合には純粋に軍事的意味で構成種族を守ることは不可能であったし、これらの銀河に生きる種族の多くは、そのような憲章の存在すら知らなかった。
 そもそも、様々な種族ごとに「個」と「総体」という概念には多種多様な意味が存在し、解釈はほとんど無限ともいえた。そして、「平和」という言葉にも……。

 この基地の惨状は目を覆うばかりだった。特にタウトゥモ・アーゲンフェルトのような、戦士の魂をもたない学究肌の人間にとって、自由テラナー連盟の艦隊基地トゥルーバドールのありさまは見るにたえなかった。
 破壊された機器。そして、かつては人間であった残骸――。ふつうの人間は、いや、通常の携行兵器でさえ、これほどの破壊はもたらさない。その環境適応人間かロボットは、基地内部にインパルス砲をもちこんだのだ。
 水晶帝国との国境地帯のごく小さな探知哨であるトゥルーバドールで何があったのか。それは、本来アーゲンフェルトのような人間には、まったく無関係のできごとであったはず。だが、科学者をつれてこの惑星を訪れたテラ政庁主席ペリー・ローダンには、それなりの思惑があったのだ。
 司令室のシントロニクスもまた、完膚なきまでに破壊されていた。ただ、破壊の方向が、他のものと異なっていた――内部からの爆発。
 アーゲンフェルトは、自分に何が求められているのかを一瞬にして察した。ローダンの懸念を検証できる人材はごく少数。そして、タウトゥモ・アーゲンフェルトはそのひとり。いや、おそらくは最適任者。
 ただちに調査にかかった科学者は、謎の解明をわずか半日で完了した。

 司令室の中央シントロニクスのみならず、トゥルーバドールに存在したすべてのシントロニクスが、内部の要因から爆発をおこしていた。それによって基地の機能は完全に麻痺し、あとは襲撃者の蹂躙するがままだっただろう。
 アーゲンフェルトが確認したその要因は――コーラ・ウィ。
 かつて、トレゴン連合の創設阻止をもくろむシャバッザが使役していたアンドロイド種族コーラゴ。その最悪の兵器ともいえるコンピュータ・ウィルスがコーラ・ウィである。シントロニクスの5次元アーキテクチャーに壊滅的な破壊をもたらすこのウィルスは、通常の通信に添付されたなら防ぎようもない。ローダンとアーゲンフェルトも参加したコーラゴの中央惑星センチュリーの攻防では、シントロニクスが使用できないためにテラナーたちは苦戦を強いられたのだ。
 コーラゴの大半がセンチュリーで機能を停止した後、このウィルスは調査用としてキャメロットに運ばれたサンプルしか存在しないはずだった。だが、トゥルーバドールを強襲した何者かは、さらに改良をすすめたヴァージョンを所持しているらしい。
 そして、その何者かは、私益のためにそれを投入することに明らかに一片の躊躇もないようだった。アーゲンフェルトの報告を聞くローダンのこころを、暗い予感がよぎった。

 実際、銀河系の状況はトレゴンの時代にふさわしいものではなかった。
 水晶帝国の皇帝ボスティクは近隣の星系の武力併合を進めている。アルコンの力が、かつての大帝国の復興にむけられていることは、誰の目にも明らかだった。
 軍拡競争を厭うテラは、軍事によらず、これに拮抗するシンボルを必要とした。テラの力を――アルコンのそれとは異なる、くじけざる倫理と平和を象徴する、かたちあるものを。その腹案は、すでにローダンの胸中にあった。
 〈太陽系政庁〉が、テラの力を体現するものとなるだろう。
 テラニア中心部に浮かぶ、全長1キロの巨大な鋼の蘭の花が。

 セレスは、ごくありふれた黄色恒星だった。テラから39000光年、アルコンからは51400光年。球状星団M-30の星の海に、その歴史的重要性をしめすものは何もない。
 セレスをめぐる緑の惑星――フェニックスは、かつてモノス圧制下の銀河系を解放すべく集まった人々にとって、不死鳥のごとく蘇る、自由への不屈の意志の象徴だった。銀河障壁を破るペリー・ローダンの進撃も、やはりここからはじまったのだ。
 時代が移り、呼び名が変わっても、この惑星が自由と平和のシンボルであることはゆるがなかった。なぜなら、フェニックスこそ、キャメロットであったのだ。ギャラクティカムが形骸化し、種族同士が対立し、袋小路にはまりこんだ銀河文明にうちこまれた楔――平和の島、キャメロット。
 商船《ロキシー・プラハ》で惑星首都マンダレイへと降下しながら、ホーマー・G・アダムスは過去を思い起こさざるをえなかった。かれが伝えねばならないメッセージは、この世界のそうした歴史に終止符を打つものなのだから。

 マンダレイは真夜中だったが、最高緊急度の呼び出しに、55分後にはおよそ50万のキャメロッター全員が惑星全土で回線をつないだ。
 かれらにむかって語りかけたのは、アダムスではなく、モンキーだった。カメラ・アイをもつオクストーン人は、常にそうであるように無感情に、ローダンがキャメロットの解散を決定したことを告げた。惑星の施設はすべて解体し、キャメロットを構成した人々は故郷へ帰る――できうるなら、新生自由テラナー連盟のために働いてほしい、と。
 テレパスであったなら50万人の「絶叫」が聞こえただろう――アダムスは身震いした。かれらはすでに半世紀以上にわたって、ローダンのかかげた理想のために闘ってきたのだ。それがいま、たった一言で終わろうとしている。すでにキャメロットのポジションは公表されてしまったとはいえ、これは大いなる裏切りではないか……?
「しかし――」と、ここでモンキーは語を次いだ。「アダムスとわたしは、ローダンの指示を拡大解釈することで意見の一致を見た。現在の銀河系はキャメロットを、独立不羈の勢力を必要としている。キャメロットは消え去るのではなく、別の、誰も知らない場所へと移るのだ。自由テラナー連盟へ移住するもよし、また、帰郷を望むものには宇宙船を手配する。だが、われわれと共に来るなら――歓迎する」

 最終的に、およそ半数あまり、26万名が第二のキャメロットでの闘いを選んだ。
 かれらをともなって《ロキシー・プラハ》が到着した新たな拠点は、太陽をもたない、虚空をただよう月――直径62キロの小惑星。
 しかし、ただの岩塊ではなかった。内径50キロの空洞がうがたれ、500層のデッキからなる一大ステーションが建設されている。かつては――1000年以上もの昔には、ここから銀河中に情報網がはりめぐらされ、やはり人類のための闘いが指揮されてきたのだ。
 ここ――キント・センターから。
 ラール人の侵略によって太陽系帝国が滅亡し、戦いの焦点が暗黒星雲プロヴコン・ファウストを拠点とするゲリラ戦へと移るとともに、星際連合機構の本部は存在意義をうしない、やがて撤収された。
 だが、いままた、小惑星は新たな息吹をふきこまれようとしている。キャメロットの設備の大半は、解体され、移送される。そうして、いにしえのアトランの居城は、新銀河暦1292年の技術水準にまで引き上げられ、復活するだろう。
 そうして、かれらもまた、ここからはじまるのだ。キャメロットの名を捨て、新たな道を選んだ者たち。
 かれら――〈新USO〉は。


5 アムブール=カルブシュ
/ Ambur-Karbush

 アーン・ヴィスペロンは、長いながい時がすぎゆくのを見ていた。
 アムブール半球の切断面は超知性体によって惑星表面へと改装されていった。草原、山脈、高地、大河――その風景の多くは、あの名もなき恒星の第三惑星を想起させるものだった。
 大河のほとりに建設された機械都市は、カルブシュと名づけられた。
 住民の姿はない――けれど、歳月の流れのなかで〈それ〉に吸収された意識たちが、奇妙な息吹となって都市を満たした。

 アーン・ヴィスペロンはまた、あの蝶の群れ飛ぶ島の惑星をも、常に観察下に置いてきた。
 幾千年のうちに、アマンドゥルの種族たちも成熟し、平和のうちに共存するすべを学んだ。そうして、いつしかかれらは、あの惑星を会合地として選んでいた。蝶の島はタラニスと呼ばれ、アマンドゥルの平和のシンボルとみなされるようになっていた。
 ――タラニスに蝶の舞うかぎり、銀河の平和は保たれよう。
 アマンドゥルの種族たちのあいだで囁かれるその言葉が真実であることを、アーン・ヴィスペロンほどよく知るものはいなかった。かつてその安息地となった島のあるかぎり、〈それ〉はアマンドゥルを……ひいては平和を愛する種族たちを庇護しつづけるであろうから。

 アムブールがその長大な楕円軌道を二度、めぐり終えたころのこと。超知性体の居城は、ある訪問者をむかえる。
 輝きをはなつ球体は、その名を〈ヘリオートス〉といった。
 何者なのかはわからなかったが、畏敬のみえかくれする超知性体の応対からみて、アーン・ヴィスペロンは相手が宇宙進化のヒエラルキーの中でかなりの高位にあるらしいと推測した。
 そして、〈ヘリオートス〉は若き超知性体にひとつの知らせをもたらした。

 はるかな昔、アマンドゥルのごく近く……2300万光年の距離にあるふたつの銀河が衝突した。両銀河はふたたび離れつつあるが、強力なハイパーエネルギーの擾乱が後に残された。
 そこにいま、〈絶対真空〉の場が生まれようとしている。
 〈絶対真空〉は、いわば宇宙の内にありながら宇宙の外たる特異な状態をつくりだし、それを利用する法を知るものにはかりしれない可能性を提供する。そこには、秩序や混沌という宇宙高次勢力の介入する余地はないのだ。
 今回生まれつつある場――〈鼓動〉は、6体の超知性体を収容しうる規模のものとなるだろう。
 そして、〈トレゴン〉と呼ばれる超長期計画が、その遂行者を待っている……。

 コスモクラートにもカオタークにも与さない、自立の道。そのアイデアは〈それ〉を強く魅了した。
 しかし、〈ヘリオートス〉がトレゴン計画への諾否を問うより早く、思わぬところから反応があった。
 ――〈エスタルトゥ〉である。
 超知性体の内なる〈妹〉は、そのおよぼしうる限りの影響力をもって〈ヘリオートス〉の言葉に反駁した。
 〈それ〉も知らない遠い過去に、〈エスタルトゥ〉はトレゴンにまつわる忌まわしい経験を持っているらしい。その道のゆくえには、破滅しかありえないと確信しているのだ。
 超知性体の「内部紛争」を知った〈ヘリオートス〉は、トレゴンへの誘いに対する回答を強いることなくアムブール=カルブシュを去った。
 トレゴンが生まれるまでには、長いながい時が必要。いつかまた訪れたときに、きみの――きみたちの決断を聞かせてもらいたい、と。

 トレゴンへの道を選べば、コスモクラートとの抗争が待っていることは想像に難くない。宇宙秩序の勢力は、いかなる特例をも認めないだろう。
 それでも……いや、それだからこそ、若き超知性体は自由への道を選択したかった。
 〈それ〉は〈エスタルトゥ〉の翻意を望んだが、〈妹〉――副次的位置づけではあるが、その起源は〈それ〉自体よりも古い――の拒否の意志は固かった。それどころか、その恐慌が集合知性全体の混乱を引き起こしかねない状態に及んで、かつての放浪者は苦渋の決断を強いられる。
 ――分裂。
 かつて、〈それ〉と〈エスタルトゥ〉の道は交わり、永劫とも思える時間をともに歩んできた。いま、道は再び分かたれたのだ。
 アムブール=カルブシュには〈それ〉が残り、〈エスタルトゥ〉はいずことも知れぬ未来へと旅立っていった。

 ……アーン・ヴィスペロンは、分裂によって〈それ〉の力が弱まることを危惧していた。
 しかし、実際は分極と意志の不統一の源が除かれたことで、むしろ超知性体のポテンシャルは増大したといえた。
 残る問題はただひとつ――ネガティヴな〈反それ〉の存在だった。

――超知性体〈それ〉の歴史:
新銀河暦1297年7月、ロト・ケレーテが語る


6 〈ストロウワン〉
/ STROWWAN

 ――タラニスに蝶の舞うかぎり、銀河の平和は保たれよう。
 はるか昔より言いならわされたアマンドゥルの神話は、いま崩れようとしていた。
 蝶からさなぎへ、そして幼虫へ。自然に反するプロセスはおそろしいまでの速度で進行し、いまではタラニス島はおろか、第3惑星のどこにも蝶の舞う姿は見受けられない。それどころか、幾十億の幼虫たちによる惑星植物相への被害は甚大で、陸地すべてがはげ上がってしまうかに思われた。
 ジロプ人ジャ・ピ・ヌル=アン・タ・レスをはじめとする、タラニスに常駐する種族の外交官たちは、暗澹たる気持ちでかつての緑の島を眺望した。
 凶兆――どころではなかった。実際、アマンドゥル銀河は、いずこからかあらわれた〈ストロウワン軍団〉の侵略によって破滅の淵をのぞきこんでいるのだ。
 すでに多くの種族の代表がタラニスを去っていった。存在をやめた種族がいる。また、侵略者に屈してストロウワンの盟下に身を置く種族も数多かった。
 絶望しかかったジロプ人たちの前にあらわれたのは、ひとりの異人だった。ガラスのように透き通った身体、六本の手足、背中には退化した羽の名残、頭部の全面に集中したマルチ感覚器官……。かつてアマンドゥルの共同体は、このような種族を見たことがなかった。同胞にも、ストロウワン軍団の種族にも。
 しかし、その姿はあるものを連想させた。アマンドゥルにとっての平和のシンボル――蝶を。
 かれは、アマンドゥルを含む〈力の球形体〉の庇護者、超知性体〈それ〉の使い、アーン・ヴィスペロンと名乗った。
 超知性体、力の球形体、〈それ〉……多くの概念はかれらの理解を超越していたが、ジャ・ビ・ヌル=アン・タ・レスたちは、畏敬の念をいだいて異人のことばに耳をかたむけた――。

 進化のたまねぎモデルの中で、今日まで判明している頂点はコスモクラートである。
 そして、その前段階がいわゆる〈物質の泉〉。
 だが、それはポジティヴな進化を歩んだ超知性体がたどる道すじであって、ネガティヴ存在の場合は事情が異なる。かれらは〈物質の沼〉へと変じ、〈物質の泉〉とは逆に宇宙から物質とエネルギーを喰らいつくしていく。
 ストロウワン軍団の背後にあるもの――〈ストロウワン〉は、まさにその段階に達しようとしているネガティヴ超知性体だった。タラニスに生じた異変は、アマンドゥルにおける〈ストロウワン〉の力の伸長を体現している。そして、アマンドゥルの種族たちがストロウワン軍団の脅威にたちむかうことが、同時にまた想像を絶する次元での〈それ〉対〈ストロウワン〉の闘いに投影されるのだ。
 忌まわしいことではあるが、いまは闘いだけが平和を勝ちとる手段だった。
 ジロプ人をはじめとする外交官たちは、アーン・ヴィスペロンのもたらしたメッセージをアマンドゥルの種族たちに伝えるべく銀河に散った。平和を――ふたたびタラニスに蝶の舞う情景をとりもどすために……。

 〈それ〉は危険な綱渡りをつづけていた。
 一方では宇宙秩序の勢力に協力する姿勢をみせながら、他方では秩序と混沌に二極化した宇宙における中庸の小道をもとめて。
 〈それ〉は宇宙のありさまに、そのあらわす数多のヴァリエーションに、何よりも生命というものに敬意をはらってきた。秩序と混沌に染めぬかれた世界のはざまに浮沈する、無限の中間色 こそ、生命の生命たる生きざまともいえた。
 だが、はるか高みへと進化をとげたコスモクラートには、そうした概念はすでに理解しえないものとなっている。かれらは宇宙に生命の種子を播き、知性を散布する。しかし、それは「多元宇宙の物理的秩序の維持」という目的遂行の一環にすぎず、低次のものたちの短い生命のまたたきや、その色彩があやなす織物の美しさなど、かれらの目には映らないのだ。
 ――トレゴンこそ、あるいは探しもとめた回答なのだろうか?
 だが、〈それ〉が決断をくだすより早く、銀河間の深淵のかなたから〈ストロウワン〉の侵攻がはじまった。〈物質の沼〉への飛躍を目前とするネガティヴ存在は、支配下にある島宇宙の種族たちを幾十億と駆り立て、アマンドゥルへと押し寄せてきたのだ。
 平和の島であったアマンドゥルは、いちどきに局部銀河群最大の戦場と化した。

 千年あまりつづく戦いのあいだに、幾多の種族が滅び去った。だが、〈それ〉の信ずる生命の強さを証明するかのように、また幾多の種族たちが勃興し、戦列に加わった。
 アーン・ヴィスペロンはそのすべてを年代記に記録していった。
 ヴォヤル人にはわかっていた。戦いは、想像をこえた超知性体のレベルで決着するだろう。それゆえ、アーン・ヴィスペロンは、同時に、真の闘いの姿をかれにも理解できる形にシンボル化することで、記録しつづけようとした。
 〈それ〉は蝶。
 〈ストロウワン〉は竜。
 仮借なき竜の攻撃を、ゆるやかに舞いおどる蝶がひらりとかわす。その闘いに終わりはないようにも思えた。
 一時〈それ〉のネガティヴ成分がひきおこす動揺で、蝶が劣勢にまわることもあったものの、最終的に超知性体の力くらべは膠着状態に陥っていた。
 そして、決定的な一撃は〈ストロウワン〉の猛攻からはじまった。
 竜の熾烈な攻撃に、蝶は痛手を負い、鱗粉が雲のようにあたりをただよった。
 好機とみた竜――〈ストロウワン〉は、最後の手段を実行に移した。蝶の構成物質をみずからのうちに吸収し、〈物質の沼〉への変異プロセスを発動したのだ。
 だが、ここでアーン・ヴィスペロンも予想だにしなかった〈それ〉のフェイントが功を奏した。鱗粉の雲の内部は、からっぽだったのだ。
 激昂した〈ストロウワン〉の叫びが、通常空間をもふるわせた。発動したプロセスはすでに止めることはできない。竜=〈ストロウワン〉は鱗粉の雲を喰らいつくし、さらに蝶=〈それ〉を追撃する。〈沼〉への跳躍をはたすには、絶対的に質量が不足しているのだ。生まれつつある〈物質の沼〉は、蝶を一片、また一片とひきちぎり、併呑していく。
 しかし、奇妙なことに、蝶の構成物質を呑みこむごとに、竜の力は衰弱の一途をたどった。
 〈それ〉のトリックは、鏡像――〈ストロウワン〉自身を蝶として投影したもの。ネガティヴ超知性体は、自分自身の構成物質を〈沼〉へと吸いこみ、すりつぶしていたのだ! だが、もう止まらない――誕生した〈物質の沼〉はやがて自身を喰いつくし、みずから燃えつきて消滅した。
 後にアーン・ヴィスペロンは、これを『ストロウワンのパラドックス』としてアマンドゥルの年代記に記すことになる。

 秩序と混沌が表裏一体であるように、長期的視野に立てば、誕生と滅亡もまた、ある意味、同義である。
 〈ストロウワン〉の滅亡は、同時にまた、超知性体ニサールの誕生を意味していた。
 おのが勢力エリアにおけるポジティヴ要素の勃興をあらゆる手段で圧迫した〈ストロウワン〉が消滅してまもなく、ニサールは超知性体への発展をとげた。その力の球形体の中心は、はるか未来にチェアルスと呼ばれることになる銀河。
 情勢が落ち着くと、〈それ〉はチェアルスを訪れ、ニサールとコンタクトをとった。
 その際、〈それ〉はトレゴン計画 の存在をニサールに告げる。自分の立場は灰色のまま、生まれたばかりの超知性体のうちでその言葉が熟すにまかせて。
 これは、そのときなお〈それ〉自身にも迷いがあったことを、意味していたのかもしれない。

 アマンドゥルでは、すでにストロウワン軍団の襲来は過去のものとなっていた。
 恐怖の軍勢は、あらわれた時と同様、またたくうちに消え失せた――ただ、廃墟と残骸と死の傷痕だけを残して。
 タラニスでは、幾十億の幼虫がさなぎとなり、幾十億の蝶へと羽化していた。
 その羽では渦巻きの紋様――渦状銀河が輝いていた。
 そして、アムブール=カルブシュでは、光輝くもの――〈ヘリオートス〉があらわれ、超知性体〈それ〉はその歴史で最も困難な決断を下すことになる。

――超知性体〈それ〉の歴史:
新銀河暦1299年1月、ロト・ケレーテが語る


7 モノクローム・ミュータント
/ Die Monochrom-Mutanten

 その日、テラニアは豪雨だった。
 天の底がぬけたような――かれが若いころの地球では、そう形容しただろう。
 太陽系政庁におりたったテラ主席、ペリー・ローダンは、雨雲に覆われた暗い空を見上げながら、そう思った。
 〈太陽系政庁〉――鋼鉄とガラスでできた巨大な蘭の花。
 テラニア中央部に浮遊する全長1キロの構造物は、2年余をかけてルナの工廠で建造された。優雅にひろがる5枚の花弁のひとつに、いまローダンの立つ着陸ポートが置かれている。
 眼下には、広大な政庁公園。その中心の湖は、深さ200メートルを超える。上空1キロに浮かぶ太陽系政庁が、万が一の着地を余儀なくされた場合、それが蘭の茎を収納し固定するよう設計されていた。
 だが、それは杞憂といっていいだろう。太陽系政庁は単独での宇宙航行能力さえ有しているのだ。
 その運行をつかさどる制御頭脳〈老子〉は、ルナのネーサンに次ぐキャパシティを持ち、さらにシントロニクスとポジトロニクスのハイブリッド設計でコーラゴ・ウィルスによる攻撃にも耐えられる。
 天空に浮かぶ巨大な蘭の花は、まさに現代人類の力の象徴といえた。
 しかし、それでも――トレゴン創設以来、人類の輝かしい明日を信じるローダンのこころには、いままた暗雲がただよいはじめていた。ちょうど、いまのテラニアの空のように。

 ローダンの執務室を訪れた女性は、モハリオン・マウレーと名乗った。職業は宇宙心理学者。
 一般的な基準に照らせば、その容姿は醜悪である。もっとも特徴的なのは、背中にふくれあがったサッカーボール大の瘤。
 テラナーがさまざまな惑星に植民した現在では、外見は大きな問題とは言い難い。雑多な環境に適応した者たちは、それぞれ最適な姿をしている。だが、モハリオン・マウレーの場合は、ちがった。
 そして、ローダンが彼女を太陽系政庁に招いたのは、まさにモハリオンが他のテラナーとはちがう からであった。

 ここ数年で、プシ能力を有するテラナーの数が激増していた。
 かれらに共通するのは、色彩感知能力の欠如――外界を白と黒のモノトーンでしか認識しえないということ。ヴィンセント・ガロンやテス・クミシャは、いわば先駆けのような存在だったのだ。
 追跡調査の結果、いわゆる〈モノクローム・ミュータント〉たちのもうひとつの共通点が判明した。出自をたどると、先祖はすべて惑星ホリコスの出身であるということが。
 数百年前、当時の銀河系の独裁者モノスがホリコスでおこなった邪悪な遺伝子実験――超能力者を人工的に製造する――が、思わぬ形で顕在化したというのが、科学者たちの結論だった。
 公式に把握できただけで、すでに3万人のミュータントが存在しており、その数は増加しつづけていた。10年後にはおそらく10万のオーダーに達するだろう。
 問題は、かれらの大半が幼い少年少女であるということと――大衆がかれらを怖れはじめていることだった。

 超能力をもつ幼児に能力を使ってはいけないことを、どうやって納得させればよいのか?
 そして、能力を目の当たりにして恐怖する人々に、相手がまだ幼い、自分たちの子らであることを、どうやって理解させればいい?
 ミュータント問題は、自由テラナー連盟を瓦解させかねない社会問題になりつつある。すでに子供が迫害され流浪を余儀なくされた例や、それ以上の悲劇が報告されていた。
 そして、テラ主席たるローダンが新設の〈ミュータント問題担当相〉に選任したのが、他ならぬモハリオン・マウレーだった。アウトサイダーであること、他のものと自分がちがう ことを、みずからの経験として知っているもの。ふつうの人間とミュータント、ふたつの世界に橋をかけることができる存在。
 モハリオンはローダンの要請を受諾し、その日のうちに精力的に活動をはじめた。
 優秀な心理学者である彼女は、また、ペリー・ローダンのこの問題に対する個人的な熱意にも薄々感づいていた。
 ローダン自身、確信はなかった。かれはまだ、息子たるデロリアンをその腕に抱いたことすらないのだ。
 わかっているのは、ただ、モンドラ・ダイヤモンド――《ソル》とともに未知の目標へと旅立った、元TLDエージェントにして、デロリアン・ローダンの母親――が、惑星ホリコス生まれであることだけだ。

 太陽系政庁の一室――顔ぶれは、ローダン、防衛問題担当相レジナルド・ブル、そしてタウトゥモ・アーゲンフェルト。科学者は、トゥルーバドール基地の事件に端を発する、コーラゴ・ウィルスを用いた一連のテロにからんだ、調査結果をもたらしたのだ。
 銀河系では、ポジトロニクスの時代は1000年も昔に終わりを告げている。ルナのネーサンやオリンプの〈ロジャー侯爵〉といった大計算頭脳をはじめ、艦載脳や工業ラインの制御脳、転送機街道や日常利用する電化製品にいたるまで、あらゆる分野にわたって、高速なシントロニクスが旧弊化したポジトロニクスを駆逐したのだ。
 だが、コーラ・ウィの出現で事情は一変した。このウィルスはシントロニクスのみを完膚なきまでに破壊する。現在とれる対策は、〈老子〉のような新式ハイブリッド構造にするか、処理速度には劣るもののウィルスの影響をうけないポジトロニクスに換装することだけだった。
 だが、アーゲンフェルトの報告は、ポジトロニクスへの換装が不可能であることを如実にあらわしていた――銀河系には、それだけのポジトロニクス・チップが存在しないのだ。試算によれば、現在の流通量では自由テラナー連盟艦隊の造船ドック、生産ラインのシントロニクス群を改装するだけの供給すらままならないという。
 時代遅れのP-チップの製造は、すでにほとんど廃れていた。銀河系経済の中枢たるオリンプが少量を生産しているのを除いては、自由テラナー連盟の影響圏内では、辺境の諸世界に安価なP-チップを供給するハヨク散開星団の7つの工業惑星が唯一の生産地といってよかった。
 そして、ハヨク星団はあくまでゆるやかな経済的結びつきをもっているだけで、正式に自由テラナー連盟に加盟すらしていない。ハヨクとより強固な通商関係を樹立するとともに、P-チップを製造するまったく新たな工場惑星を建設することからはじめねばなるまい――。

 アーゲンフェルトの助言に謝して会談を終えた後、ハヨク散開星団に関するデータを閲覧していたローダンは、ひとつの事実に慄然とする。
 ハヨク製造のP-チップの7割が、水晶帝国へと出荷されているのだ。この数カ月で、取扱量は10倍以上にはね上がっていた。
 すでに皇帝ボスティクの意図は誰の目にも明らかだった。このデータは、目標へといたるためにアルコンがいかなる手段をも辞さないことを、あらためてテラナーに突きつけたといってよかった。
 もはやボスティクは止まらないのか? 武器をとっての争いは避けがたいのか?

 モハリオン・マウレーは、これまでの人生でミュータントに関わる経験をもたない。だから、まず自分の足でモノクローム・ミュータントの実状に触れることからはじめた。そして、それは彼女の予想をすらはるかに上まわるものだった。
 最初にモハリオンが出会ったのは、バルセロナに暮らす13歳の少年だった。かれはオリンプ生まれだったが、思考を読めるという事実が知れわたると、学友たちは誰一人かれと言葉をかわそうとさえしなくなった。やがて、いたたまれなくなって家を出たという。
 スコットランドの小都市では、たてつづけに起きた盗難事件が、17歳の少女をつるしあげる因となった。シントロニクスの幾重にもはりめぐらされた防犯装置をくぐりぬけられるとしたら、それはふつうの人間ではありえない、そして彼女がテレポーターであるというだけの理由で。
 ルナでは4歳のテレキネスが複数の非常用ハッチを開け放った。減圧のために死傷者が出なかったのは、あやういところでネーサンが介入したからにすぎない。
 南太平洋のある自治体で、モノクローム・ミュータントは素因となる脳の部位をまだ胎児のうちに外科的に切除すべきである、という決議がなされた。1660名の住民全員が署名したという議案の背後には、3歳のテレポーターの女児が誤って海上にジャンプして溺死した事件への深い哀悼の念があった。
 その一方で、ある市民団体はミュータントを対エスパー装置を設置した衛星に隔離すべきだ、という陳情を提起している。しかし、その罠にかかったミュータントの生命に危険がおよぶ可能性は一顧だにされていなかった。
 ……テラナーに、幾万というミュータントの大群に対処する準備ができていないことは、火を見るよりも明らかだった。

 まもなくモハリオン・マウレーは、政庁閣僚の中で最も非難をうける人物となった。ローダンの彼女への信頼は揺るぎなかったが、世論は彼女の「無策」を糾弾するのだ。
 事態がわずかながらも好転をむかえたのは、キャメロットの解散とほぼ同時だった。
 帰郷した科学者たちの中にチェアルス遠征参加者がおり、かれらはガルラーのプシ・リフレクション能力に対抗するためにアルギオートが使用した〈反射中立化ネット〉の分析結果をももたらしたのだ。コスモクラートの工房に由来する技術は、やがて太陽系政庁の科学チームによって〈プシソ・ネット〉として結実する。
 プシソとは、プシ・アイソレーションの略。ヘア・ネットの形で供給されるこの装置は、装着者の精神をプシ的影響に対して「孤立」させ、テレパシーや暗示能力といった外部からの干渉を排除する効果があった。ミュータント自身での装着はメンタル状態に対する悪影響が懸念され、見送られたが、モハリオンは製造コストの大半を政府が負担することによって、市民にごく安価に安心を提供するプランを打ち出した。
 大量生産が軌道に乗るまでは、1基あたりの実売価格5ギャラックスに対し、55ギャラックスの赤字が出る計算だったが、ローダンはこの計画を了承する。P-チップ工場建設に膨大な費用がもとめられている現状にも関わらず、モノクローム・ミュータントはより直接的な社会不安だったのだ。
 プシソ・ネットの爆発的な売れゆきは、ミュータント問題担当相の判断の正しさを証明していた。
 それを追い風とするように、モハリオン・マウレーは第二の政策を実行に移した。
 自由テラナー連盟各地における、〈ミュータント・スクール〉の創設である。
 現状では義務教育をうけることにすら困難のあるモノクローム・ミュータントたちを全寮制の学校に集め、一般教育とともに超能力のコントロールをも教えることができる。テラだけでも100校が建設され、2年後には自由テラナー連盟全域で900校の創立がつづいた。
 むろん、実現は中央に限定され、辺境の惑星でのミュータント迫害が一掃されたわけではなかった。それでも、モノクローム・ミュータント問題はようやく小康状態をむかえたといってよかった。
 だが、新たな問題はまったく思わぬ方向からあらわれたのだ。

 トリム・マラートはサウスサイドの惑星ヨルナメ生まれの少年。
 そして、これまで計測されたなかでも最大のプシ・ポテンシャルを秘めたモノクローム・ミュータント。
 だが、かれは超能力を使うことができなかった。どんな能力をもっているのか、かれ自身知らないのだ。
 だからトリムは、テラニアのフェルマー・ロイド・ミュータント・スクールにおいても異端児だった。親しい友人は、スクールの修了生スタータック・シュレーダー――6年前、〈物質のしもべ〉ラミヒュンとの闘いでローダンを助けたテレポーター――ただひとりきり。
 そのトリムが、不意に爆発的なプシ波動を発して昏倒するという事件が発生する。ロイド・スクール周辺のプシ計測器はすべて振り切れ、焼き切れた。幸いトリムの生命に別状はなかったが、まもなく意識を回復した少年がモハリオン・マウレーとスタータックだけに語った体験は、思いもよらぬ告発だった。
 銀河系のどこかで、禍々しい存在が誕生した――と。
 その名を〈モルケロ・ゼーレンクヴェル〉。
 あらゆるものの魂を併呑し、力を増していく悪そのもの。
 人ではなく、また、トリムの知るいかなる存在とも比較しえない。
 その誕生を目撃 したトリムは、あやういところでそのあぎとから逃れたのだ――。

 モハリオン・マウレーは、トリム・マラートが嘘をついてはいないことを直感していた。
 それでも、昏睡状態での妄想という可能性は残されている。水晶帝国とのあいだで緊張が高まりつつある現在、13歳の少年の言葉以上の証拠がなければ、ローダンを説きつけることはできまい。
 だが、もしモルケロ・ゼーレンクヴェルが実在するとしたら……?
 ロイド・スクールを出た彼女は、遠く東の空に浮かぶ太陽系政庁を見上げた。
 宵闇のせまる空に、巨大な蘭の花は、まるで神話の中のできごとのように、テラニアの守護者然としてそこにあった。
 それでも、モハリオン・マウレーは身の凍えるここちに、上着の前をかきあわせた。


8 宇宙万華鏡
/ Die Kosmische Kaleidoskope

 アーン・ヴィスペロンは、ラクサロン――かれの故郷銀河を訪れていた。
 放浪期にある若いノクターンたちの乱舞に、しばし〈それ〉の使者はわれを忘れて見入った。かれの同胞、かつてのヴォヤル人たち。宇宙に満ちる力をあやつり、自由にさまよう姿は、ありえない感情……郷愁を、アーン・ヴィスペロンのうちに呼びさました。
 だが、ヴォヤル人がラクサロンを訪れたのは個人的な理由からではない。〈それ〉の公式な委託によるものだった。1隻の宇宙船がラクサロンにあらわれ、超知性体とのコンタクトを望んでいるという。来訪者は、群体期にあるノクターン柱の中でも最古の――すでに齢1000万年を数える――〈ラクサロンの賢者〉のそびえる惑星で、〈それ〉のコンタクトパースンの到着を待っているらしかった。
 アーン・ヴィスペロンと、新たに超知性体が創造したヒューマノイド――〈それ〉によれば、およそ400万年の後に、あの蝶の島の類人猿がなるであろう容貌にしたがって創られた――は、パッセージ・シンボルを送信してノクターンの群れを船の進路外へと誘導しながら、目的地へとむかった。

 やはりヒューマノイドの姿をした来訪者は、シルクと名乗った。超知性体ニサールの使者……その意識片である、と。
 ふいに渦巻くらせんがアーン・ヴィスペロンをとりまくようにあらわれた。哄笑が轟く。放浪者――〈それ〉の顕在化をしめす現象である。
 シルクが〈それ〉に宛てて携えてきたメッセージとは、ニサールのもとを〈ヘリオートス〉が訪れ、トレゴンへの参画を要請したというものだった。そしてまた、チェアルスの超知性体はその申し出を受諾した、と。
 ニサールは、〈それ〉の下した決断を知るために、シルクを派遣したのだ。
 渦巻くらせんは、それには答えず、ただ、こう訊ねた。
 ――残る4者は、もうわかっているのか、と。
 ニサールの使節は、〈取替子〉と呼ばれる超知性体がトレゴンに加盟したという〈ヘリオートス〉の言葉をそのまま伝えた。
 〈それ〉は、もはや何も語らなかった。しばしの沈黙の後、シルクもまた、去った。

 渦巻くエネルギーのらせんが、アーン・ヴィスペロンから離れた。
〈アーン・ヴィスペロン、ここ、ラクサロンがきみの終着駅になる〉
 放浪者の声が聞こえる。
〈長いあいだの、きみの働きに感謝する。いま、きみの内なる憧憬を実現することで報酬にかえよう〉
 同時に、ヴォヤル人のプロジェクションの肉体は、船殻をすりぬけるように漆黒の宇宙空間へと舞い上がった。
 魂と生命エネルギーは極寒の真空で混ざりあい、5次元振動水晶の薄い皮膜を――1体のノクターンを形成した。
 通りがかったノクターンの群れが、新たに生まれた同胞を受け入れた。
 何ものにも縛られぬ、宇宙をただよう生命を……。

 ……幾千年を経て、数十メートルの大きさに達したノクターンは、群体期へと移行し、低重力の惑星に降りつもり、水晶の柱を形成する。結晶柱は知性の集積であり、記憶もまた、その内に蘇るのだ。
 いま現在の自分を構成する、巨大な水晶柱群……。
 かつてアーン・ヴィスペロンという名のヴォヤル人、超知性体のメッセンジャーであった部分は、ようやく〈それ〉の報酬の意味を理解した。
 アーン・ヴィスペロンは〈ラクサロンの賢者〉の一部となったのだ。
 いまや、かれは不死。永遠を生きる。
 ――放浪者とおなじように。

 時は流れ、アムブールは変わらず長大な軌道を周回していく。
 その間に〈それ〉はアマンドゥルから2650万光年離れた銀河プランタグーの超知性体〈取替子〉――あるいは〈終端エンサイクロペディア〉――ともコンタクトを持ち、また、新たな超知性体〈バイコルトの星〉がトレゴン計画に加わった。こちらの勢力エリアは、1400万光年かなたの島宇宙ゴルホーンを中核としていた。
 残る席は2つ――。
 〈ヘリオートス〉はすでに候補は決めてあり、ただ、超知性体の段階に達するのを待っているようだった。だが、〈それ〉にもまた、ひとつの腹案はあったのだ。
 超知性体は、アマンドゥルから4000万光年離れた、ある二重銀河の重積ゾーンを訪れた。そこは〈暗黒の天空〉と呼ばれ……800万年の昔に〈それ〉と袂を分かった〈エスタルトゥ〉が独自に築き上げた力の球形体の中枢だった。

 歳月とともに、かつての軋轢は忘れ去られ、超知性体間の関係は沈静化していた。しかし、〈それ〉が「妹」の本拠を訪れるのはこれが最初であった。
〈わたしは〈エスタルトゥ〉――〉
 海洋惑星エトゥスタルのただひとつの島で、動物たちが、植物たちが囁く。
 しかし、その島に蝶の姿はなかった。
 過去を切り捨てた〈エスタルトゥ〉は、いまもなお、コスモクラートに忠実だった。
 〈それ〉もまた、自分がコスモクラートに疑いを抱かれてはいないことを知っていた。最近になって委託された、所持者不明の細胞活性装置2基がその証。
 これはひとつの賭け。〈それ〉は〈エスタルトゥ〉に、いま一度〈計画〉への賛同を申し出た。
 返ってきた答えは、拒絶の叫び――楽園とも思えた島で、動物が泡をふいて倒れ、植物が立ち枯れていく。まるで、〈それ〉の言葉にうけたショックで、〈エスタルトゥ〉自身の一部が死んでいくかのように……。
 超知性体はできうる限りの速度で〈暗黒の天空〉を離れた。
 もはや〈エスタルトゥ〉にとって、トレゴンへの道は完全に閉ざされた。もし、将来〈エスタルトゥ〉が秩序勢力からの自立を望んでも、彼女は〈それ〉とは異なる道を模索しなくてはなるまい。

 すでに〈鼓動〉は誕生しており、トレゴンは決定的段階に入りつつあった。
 そこで、〈それ〉にとっては一切の行動を封じられる事件が起きる。あるいは、すでにはるか昔から、予期しえたはずのできごとが。
 超知性体の〈核〉に宿るネガティヴ成分の最終的な蜂起である。コスモクラートの協力を得て、はじめて〈それ〉は自分の悪しき半身――〈反それ〉を分離することに成功する。
 超知性体として自立した〈反それ〉との戦いは、本来トレゴンのため、おのが力の球形体の庇護のために傾けられるはずであったエネルギーを浪費していった。ようやく――今回もまた、コスモクラートの協力があって――〈反それ〉を駆逐したときには、すべてが変わっていた。
 アマンドゥルの名は、すでに忘却のかなた。ルゥの遠い末裔たちは、黄色恒星の第三惑星をレムールと呼び、広大な星間帝国タマニウムを築き上げていたが、異銀河から侵攻してきたけだものとの戦争によって滅亡寸前のありさまだった。
 大戦終結後、レムールの末裔からアコン人が生じ、そこからまた、後に銀河の大部を征服するアルコン人が勃興する。
 そしてまた、忘れ去られた蝶の島タラニスでは、新たな人類の萌芽が生じていた。

 ようやく〈それ〉は、200万年つづいた捜索の回答を得る。
 2基の細胞活性装置を持つべくさだめられたものたちが、誕生する。
 〈それ〉は人類の歴史を、その発展をみつめつづけた。

 蝶が飛び、青空高く舞い上がる。
 天空にのぼるにつれ、その大きさをも増していく。
 蝶はさなぎになり、さなぎは巨大な球形艦を孵した。

 〈それ〉はひとりの人間を、その成長をみつめつづけた。
 人類としてはじめて星々に足を踏み出し、征服していく宇宙飛行士。
 ――ペリー・ローダンを。

――超知性体〈それ〉の歴史:
新銀河暦1300年2月、ロト・ケレーテが語る


9 水晶帝国
/ Das Kristallimperium

 御座艦隊アルク・インペリオンはケウテロル星系で超空間航行を終了し、帝国第9艦隊に合流した。その総数2万隻。旗艦は皇帝ボスティク自身が指揮する、1500メートル級戦艦《ジク・ラントン》。
 かつて直径3万光年の宙域を支配し栄えた大帝国。その栄光をとりもどし、不朽のものとする――ボスティクの野望はとどまるところを知らない。
 M-13――アルコン語でタントゥル=ロク――の中にも、水晶帝国の覇権をこころよく思わない勢力は存在した。800の独立星系の連合、アルク・テュサンの艦隊との決戦の場に選ばれたのが、このケウテロル星系だった。
 双方ともに2万隻の艦隊が対峙する。むろん、ボスティクにはその気になれば10倍以上の艦艇を動員することもたやすかった。しかし、ただ勝つだけでなく、敵の士気をくじき、二度とはむかわぬよう打ちのめすに、敢えて数でまさることを避けたのだ。
 第一波の艦砲応酬が終わると、ボスティクは全艦艇をポジトロニクス制御に切り替えるように命じた。そして――。

「コーラ・ウィを投入せよ!」

 皇帝の指令と同時に、第9艦隊の通信機器がウィルスを放ちはじめた。
 これを防ぐ手だては存在しない。無線を遮断しても、攻撃するためには探知波を出さないわけにはいかない。強いてパッシヴ探知のみにしようと結果はおなじ。コーラゴ・ウィルスはパラトロン・バリアのエネルギー構造をさえ媒介として侵入するのだ。
 アルク・テュサンの艦隊は、たちどころに、球形艦の形をした棺へと変わった。すべてのシントロニクスが死にたえたいま、操艦は不能、攻撃も防御もできず、救難信号を打つことすらなしえない。ただ、第9艦隊の砲火に無防備にさらされるだけ……。
 5分を経ずして、戦いは終わった。アルク・テュサン艦隊は1隻残らず宇宙空間から消滅していた。
 ボスティクには、アルク・テュサンの星々をさらに蹂躙するつもりなど、毛頭なかった。800の惑星の半分は重工業世界。この圧倒的な勝利の後で、反抗する勢力など残るはずもない。それらの世界は、そのままに水晶帝国の力を増強するもの。
 アルク・テュサンなど、敵とさえいえぬ。皇帝ボスティクは、すでにタントゥル=ロクのかなたの仇敵をみすえていた。
 ペリー・ローダンを。

 ハヨク散開星団は古アルコンによって開拓・植民された、アルコンに帰属する領土である――。
 水晶帝国皇帝ボスティクの宣言は、自由テラナー連盟を震撼させた。
 歴史的にみれば、ボスティクの主張はあながち間違いとも言い難い。だが、大帝国の崩壊とともに放棄されたハヨク星団に入植し、若干の中断をはさんで、現在そこに居住しているのは例外なくテラナー系植民者なのだ。
 そして、現状では唯一無二といってよい、貴重なポジトロン・チップの生産工場でもある。
 ――それゆえの領有宣言であることは、ローダン以下、太陽系政庁の首脳陣にとって、あまりに明らかだった。
 すでに20万隻のアルコン艦隊がハヨクに常駐し、7つの工業惑星すべてを確保している。わずか数百隻の自由テラナー連盟警戒艦隊では手の打ちようのない物量差だった。
 しかし、ペリー・ローダンはそこに旗艦《オデュッセウス》ただ1隻で乗り込むことを決意する。ブリーの制止も効果はない。1000隻の艦隊を引き連れていったとしても、敵の陣容に抗しうるはずもない。
 それでも、ハヨクのテラナーたちを救うことは、ローダンの使命だった。

 散開星団では、皇帝ボスティクその人が、テラ政庁主席の到来を待ちうけていた。
 おのが力を、その最大の敵に誇示するために。
 皇帝は、アルコン対テラの銀河大戦をも辞さないことを、あからさまに告げる。現在の物量差では、到底自由テラナー連盟に勝ち目のないことを知ってのことだった。
 ローダンは挑発には乗らなかった。テラ主席としての立場で、アルコンの主張を公式に認めると応え、ひとつの条件を出した。ハヨクからの退去をのぞむものに、その自由を認めること――。
 ボスティクは嘲笑するが、ローダンのつづく言葉に、その表情が凍りついた。
 ――それが認められない場合は、ハヨク星団7惑星のP-チップ製造工場にひそかに設置した自爆装置を点火する。

 かくて、ローダン対ボスティクの第一戦は痛み分けに終わった。
 だが、ハヨク喪失のもたらす損害は甚大だった。他惑星でのP-チップ工場建設はまだ緒についたばかり。自由テラナー連盟の防衛計画は大きな後退を余儀なくされるだろう。
 それも、ボスティクがその猶予を与えてくれるなら、だが……。

 テラニアの艦隊宙港に着陸した1隻の商船――《ロキシー・プラハ》。
 ペリー・ローダンは数年ぶりに会った友人たちと握手をかわした。ホーマー・G・アダムス、そしてオクストーン人モンキーと。
 自由テラナー連盟が太陽系政庁のもと、新時代への航海をつづける苦闘の時代に、経済の天才たるアダムスが姿をかくしていたことは、ローダンにとって解けない謎のひとつだった。だが、いま《ロキシー・プラハ》の船倉に山と積まれた荷は、十二分にその回答を与えてくれた。
 すべてがP-チップ――48億基の!
 現在の銀河系に、これだけのポジトロニクス・チップを保有するものはあるまい。天才アダムスだからこそなしえる商売の妙といえよう。
 しかし、感謝を述べようとしたローダンは、モンキーによってさえぎられた。
 そして、われとわが耳を疑う言葉――。

「われわれは、これを自由テラナー連盟に売却する用意があります。われわれ――新USOは」

 代価は、オーディン級500メートル艦50隻だという。しかもトランスフォーム砲をふくむ全兵装を装備したままで。それでも、経済的に自由テラナー連盟は損失をこうむるどころか、今後高騰するであろうP-チップ48億基の値段を思えば、むしろかなりの恩恵をこうむるはず、と。
 ローダンはこみあげる感情に流されまいと努力した。モンキーの言は正しい。ハヨク喪失によって、埋めがたい穴が生じていた。5年先、現在建設中のP-チップ工場が順調に稼働するころには、水晶帝国との格差はもはや競いようもないものとなっているだろう。
 このP-チップは、自由テラナー連盟にとって命綱ともいえる。
 しかし、だからこそ、ローダンはかつての友に裏切られたという思いをぬぐうことができない。
 キャメロットを解散するはずのふたりが、かつての成員をひきいて新たな秘密組織を結成していたことも、ローダンはいま初めて知らされた。これは、銀河系に新たな火種をもたらしかねない、あやういゲームではないのか?

 ……最終的に、譲渡される旧式艦50隻のリストを携えて《ロキシー・プラハ》が飛び去った後、太陽系政庁にもどったローダンをさらなる驚きが待っていた。
 ふたりの挙動をいぶかしむレジナルド・ブルは、ふたりの詳細なスキャニングを命じていた。〈老子〉が分析したそのデータには、ありえざる結果があらわれていたのだ。
 モンキーの細胞個体周波数に検出された変調――それは、ローダンとおなじ値をしめしていた。
 オクストーン人が細胞活性装置を持たないかぎり、ありえない数値を。

 新銀河暦1303年をむかえようとするころ、自由テラナー連盟の構成星系は2482にまで増加していた。水晶帝国の拡張路線に危機感をいだいた独立星系国家がテラの庇護をもとめたことで、増加傾向に拍車のかかった形だった。
 だが、水晶帝国との純軍事力の格差は増すばかりだった。アルコンの国家をあげての軍拡に、テラは追随しえず、またローダンにそのつもりもなかった。現在はトレゴンの時代、平和の時代なのだ。本来そうあるべき、との注釈付きではあったのだが。
 それゆえ、テラナーは別の道を模索するしかなかった。
 タウトゥモ・アーゲンフェルトを中心とした極秘研究は、このころようやく成果を結びつつあった。K-ダム――コーラゴ・ダム――の完成は、その最初のもの。
 5次元性防護フィールドと特殊な複合防護壁から成る「カヴァー」は、ネーサンや〈ロジャー侯爵〉といった惑星規模のシントロニクスをコーラゴ・ウィルスの侵入から保護するもの。難点は、大量のホワルゴニウムを必要とするためのコスト高と、超空間への移行に耐えられないため宇宙船に応用できないことだった。
 だが、それは第二の発明〈アーゲンフェルト・バリア〉が補うだろう。
 当初、アンティテンポラル干満フィールドの再建造も提案されたが、ソル系だけの防護手段であるとして却下された。替わってアーゲンフェルト開発のバリアが、侵攻する宇宙船を阻止する機能を果たすことになる。
 現在、アーゲンフェルト・プロジェクターを搭載した〈監視者〉級新型艦の建造が急ピッチで進められている。すでに、おなじく新型艦の〈発見者〉級戦艦の開発をあわせて、膨大な資金がそそぎこまれていた、このひとつひとつが、わずかながらも希望の光をもたらすのだ。

 ……ローダンのデスクに、ホロ映像が投影された。
 まさにローダンが思いをめぐらせていた人物――タウトゥモ・アーゲンフェルトの。
 普段は小心な科学者の目は、どこか遠くを見ているようだった。まるで、魂が抜け落ちてしまったかのように。そのまま、研究に問題が生じたことを告げ、来室を求める。
 ようやく一日の執務を終え、帰宅しようとしていたテラナーだったが、信頼する科学者の呼び出しに、政庁下部にある研究室へとむかった。

 モハリオン・マウレーは、深夜、突然の訪問者によって眠りを破られた。スタータック・シュレーダーが、彼女の寝室にテレポートしてきたのだ。
 かれがもたらしたのは、トリム・マラートに関する急報だった。

「モルケロだ……。やつがまた、地球にやってきた……」

 ベッドに横たわったトリムは、なかばトランス状態でそう口にしていた。そして、

「モルケロがローダンを狙っている……」

 モハリオンは即座に部屋の端末から〈老子〉にアクセスし、政庁閣僚の権限で、太陽系政庁全体に緊急警戒態勢を敷いた。パラトロン・バリアが張られ、TARA-P-UH型戦闘ロボットが動きだす。
 だが、彼女は、まだ政庁にいるはずのペリー・ローダンと連絡をとることができなかった。

 アーゲンフェルトの研究室は混沌としたありさまだった。
 さまざまな計測機器――大半は、ローダンには何だかわからない――が雑多に入り乱れ、まるで部屋自体が生き物のように見えた。全体を把握しているのは、おそらくアーゲンフェルトただひとりだろう。
 ローダンはふと視界にはいった〈老子〉の端末の電源が落とされていることに気づいた。通常なら、重要な助言者兼共同研究者として働いているはずなのに……。
 突然、部屋の壁に沿ってブルーの輝きが出現した。パラトロン・バリアだ!
 何かの機器のかげからアーゲンフェルトが姿をあらわした。その手に、インパルス銃を握りしめて。
 とっさにローダンは身を沈めた。髪の焦げるにおい。焼けたプラスティックが額にしたたり、激痛をもたらした。さらに、ローダンが飛びすさって位置を変えると同時に、それまでいた場所をインパルスがえぐった。
 乱雑に配置された機器が、ローダンにとって幸いした。それらを遮蔽物に、科学者へと接近する。銃を乱射した結果あがる火の手に、相手の注意がそがれた隙をついて、テラナーはアーゲンフェルトに飛びかかった。
 インパルス銃をはじきとばして、のしかかる形になる。武器もなく、押さえこんでしまえば、もはや科学者には何もできない。
「なぜだ、タウトゥモ、なぜ?」かすれた声でローダンがつぶやく。
 アーゲンフェルトの顔は、どこか人形のように見えた。
 それから、ふいに目をむき、空気をもとめるようにあえいだ。
 心臓発作だ――ローダンは相手が自分を殺そうとしたことも忘れ、心臓マッサージをほどこそうとしたが、その間もなくアーゲンフェルトは死んだ。
 パラトロン・バリアを解除しなければ……。そう考えながら、ローダンも意識を失い、倒れこんだ。

「モルケロ・ゼーレンクヴェルは地球を去った……」
 トリム・マラートがつぶやくように言った。

 それからまもなく、モハリオン・マウレーは〈老子〉から、未遂に終わったローダン殺害の報告をうけた。幸い、生命に別状はないとのことだった。
 トリム・マラートは正しかった……そう思うと、モハリオンは慄然とするのだった。
 少年は何と言った?

「ぼくにはわかる。モルケロは、またやってくるよ――」


10 最終章
/ Der letzte Akt

 混迷の200万年の間に、〈それ〉の力の球形体は数えきれないほどの脅威を経験した。
 セト・アポフィスの派遣した、アムトラニク率いるガルベッシュの軍団。
 反物質宇宙から訪れた〈星喰らい〉スープラヘト。
 宇宙に知性を播種するために造られながら、本来の目的を逸脱して痴呆化現象をひきおこした〈大群〉……。
 局部銀河群は死と破壊に満ち、滅亡の淵に沈みかけたことも一再どころではない。
 しかし、それらのすべてが、もはやふりかえることもない過去のできごと。

 現在とは、すなわちトレゴン。
 5体の盟友とともに〈鼓動〉に憩いつつ、〈それ〉は想いをはせる。
 現在と、そして未来へと。
 トレゴンはその草創期を乗り切ることができるだろうか。確かに〈鼓動〉は超知性体たちによって安定化され、コスモクラートすら、それを認めざるをえなかった。
 〈創設の年〉は終わりを告げ、トレゴンの創成はなった。
 だが、では何故〈ヘリオートス〉はあらわれないのか。
 輝かしい未来を勝ち取るまでには、なおも苦しい闘いが待っているだろう。
 ペリー・ローダン、ロト・ケレーテ、モンキー……〈それ〉と超知性体たちの希望は、かれらを信じ、かれらとともに歩みきた者たち、ひとりひとりにかかっている。
 そして――《ソル》に。
 〈鼓動〉のメガ=ドームをぬけて旅立った亜鈴船の失敗は、即座にトレゴンの崩壊を意味していた。

〈デロリアンよ――〉
 超知性体は、無限のかなたへと呼びかける。
〈《ソル》のデロリアン・ローダン、わたしの声が聞こえるか、幼な子よ……?〉

超知性体〈それ〉の歴史:
新銀河暦1303年5月、ロト・ケレーテが語る

 ペリー・ローダンはルナの地下深く掘り抜かれたドックを訪れていた。
 額の傷はまだ痛んだ。だが、その凶行をなしたのが、アーゲンフェルトという、かれの信頼する人物であったという事実の方が、より痛かった。
 ローダンが立っているのは、直径3キロの大空洞を俯瞰するギャラリー。そこでは、新型の〈発見者〉級戦闘母艦が艤装をおこなっていた。
 〈発見者〉は直径1800メートル、自由テラナー連盟が製造ラインに乗せた中では最大のもの。過去にも、大量生産がおこなわれたものとしてこれを凌ぐのは、太陽系帝国が建造したギャラクシス戦艦しか存在しない。そして、単艦としては、いまの銀河系で最強といってよかった。
 ……たとえ現在、わずか8隻しか竣工していないとしても。
 その1隻、《レイフ・エーリクソン》が、かれの新しい旗艦となるだろう。
 そして、ローダンが待ち望んでいたものが訪れる。
 ドックの上方、巨大なハッチが音もなく開いた。1、2、3……8つのハッチすべてが。
 8隻の巨艦が羽のように浮かび上がり、次いで、目にもとまらぬ速度で自由空間へと上昇していった。

 「緊急」を告げるコールサインが鳴り響いたのは、まさにその瞬間だった。
 混乱しきった呼び出しは、第一テラナー、マウレンツィ・カーティツからのもの。ローダンはドックの転送機を経由して、太陽系政庁へと急いだ。

 到着したテラ主席に、マウレンツィ・カーティツはひとつの映像を提示した。
 白色恒星と紫の伴星、そして27の惑星が、漆黒の宇宙を背景に浮かび上がる。
 それがトプシダーの故郷、オリオン=デルタ星系であることは、ローダンにはすぐにわかった。ソルからの距離815光年。テラの隣人といっていい。
 次の瞬間、ホロ映像は輝く光点に満ちた。――宇宙船だ。数千以上の。
「……アルコンの帝国第17艦隊だ」
 第一テラナーが、しぼり出すように言った。
 ボスティクはやってのけたのだ。3万8000隻の戦艦が、たちまちにして連星系を埋め尽くした。トプシダーにはなすすべなどなかっただろう。
 そのすべてが、テラから超光速航行で15分足らずの場所で起こったのだ。
 そして、それだけではなかった。
 おり悪しく、テラの経済代表団に同行して、ローダンの旧友のひとりがトプシドを訪れていた。
 防衛担当相、レジナルド・ブル。
 自由テラナー連盟防衛に関する重要機密のすべてを知りつくした男が。

ENDE

太古 - 新銀河暦 1303年 Perry Rhodan-Heft 2000


monkey2000


Perry Rhodan - Heft Nr. 2000 ダイジェスト・ストーリー
ES それ ――ある超知性体の歴史
2001 r.psytoh
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